「セデックバレ」のネタバレあらすじ結末

セデック・バレの紹介:1930年10月27日、日本統治下の台湾で起こった、先住民セデック族の抗日暴動「霧社事件」を描いた超大作。上映時間は4時間36分で、「第一部:太陽旗」と「第二部:虹の橋」の2部構成になっている。日本公開は2013年。

予告動画

セデックバレの主な出演者

壮年期のモーナ・ルダオ(リン・チンタイ)、青年期のモーナ・ルダオ(ダーチン)、タイモ・ワリス(マー・ジーシアン)、マホン・モーナ(ランディ・ウェン)、タダオ・モーナ(ティエン・ジュン)、小島源治(安藤政信)、鎌田弥彦(河原さぶ)、佐塚愛佑(木村祐一)、宮川通信兵(ディーン・フジオカ)、江川博通(春田純一)、花岡一郎<ダッキス・ノービン>(シュー・イーファン)、花岡二郎<ダッキス・ナウイ>(スー・ダー)、川野花子<オビン・ナウイ>(ルオ・メイリン)、高山初子<オビン・タダオ>(ビビアン・スー)

セデックバレのネタバレあらすじ

【起】- セデックバレのあらすじ1

(第一部:太陽旗)
時は1895年。日清戦争で清国に勝利した日本は、台湾を統治下に置きます。
日本が台湾の山岳地帯まで支配する以前、狩猟民族のセデック族は、狩りをしながら暮らしていました。セデックというのは、彼らの言葉で「真の人(=英雄)」という意味があります。
タクダヤ蕃(=部族)マヘボ社(=集落)に属するモーナ・ルダオは、狩り場を巡って対立する部族との戦いで、初めて出草(=首を切り落とすこと)に成功し、英雄として祭り上げられます。セデック族は敵の首をとると、額と顎に刺青を入れて、勇者として認められるのでした。
こうしてモーナは英雄として君臨しますが、血の気が多い彼は、敵対部落との争いの最中に味方を銃で撃ってしまいます。その後も「オレの前に出るからだ」と言い放ち、冷血な一面を覗かせます。一方で、セデック族は平地に住む人間を相手に、毛皮と塩を物々交換する風習もありました。
また、セデック族では死後虹の橋を渡り、永遠の狩り場に行けることが信じられていました。虹の橋には番人がいて、敵を殺したことがない男は橋を渡れず毒ガニに苦しめられると、モーナは父親から聞かされて育っていました。

そして、モーナ率いるマヘボ社にも、ついに日本軍がやってきます。日本の支配を拒絶するセデック族は、ゲリラ戦法で日本軍を総攻撃します。歩くことがやっとの山道のうえ、すぐ横は断崖絶壁という道を進む日本軍めがけて、投げ槍や矢を放ったり、猟銃で撃ったり、岩を落としたりなどします。
結果、日本軍は惨敗します。初戦は悪路を身軽に動き回るセデック族の圧勝でしたが、次第に大砲や手りゅう弾を所持する日本軍が優勢になっていきます。
やがてセデック族は集落を占領されて、降伏せざるをえなくなるのでした。

【承】- セデックバレのあらすじ2

月日は流れて1930年。セデック族を制圧した日本軍は、「霧社(むしゃ)」という機関を設置し、学校や郵便局などを作って彼らに文明を与えます。日本の兵士と台湾の原住民との婚姻も進み、日本人と原住民が入り交じった土地へと姿を変えていくのでした。
かつては戦闘の雄叫びを上げていたセデック族の男たちは、すっかり日本の統治に慣れて、流暢な日本語を操るようになっていました。兵士に向かって「こんにちは」などとあいさつをして、日本軍の労働者として扱われていたのです。
モーナはマヘボ社の頭目として、長い年月を耐え抜いてきました。セデック族にとって聖地であった狩り場は、施設や日本人専用の住宅を作るために人の手が入り、男たちは人夫の仕事をしたわずかな賃金で生活するようになっていました。
また、一部の日本人による原住民に対する横暴が、セデック族の不満を生み出していたのです。モーナは怒る若者たちをなだめますが、実は隠れてマッチの先端部の火薬を削って集めていました。

そんなある日、マヘボ社では仲間の結婚式のために、猪の首を切り落として宴会を開いていました。若者の一人がセデック語で「日本総督の首も切り落とせたらな」とぼやいていると、そこに駐在警察である吉村がやってきます。
彼らはすかさず笑顔になり、日本語で吉村に酒を勧めると、「お前らの汚い酒(セデック族の酒は唾液を発酵させて作ったもの)など飲めない」と拒否されます。すると、モーナの息子であるタダオ・モーナが、酒を断るとは無礼だと吉村に食ってかかります。吉村がタダオを殴ると、我慢の限界を超えたマヘボ社の男たちは、吉村を袋叩きにしてしまうのでした。
吉村は彼らの反抗を上層部に言いつけます。これが「霧社事件」と呼ばれる、セデック族の暴動のきっかけとなります。マヘボ社の男たちの声に突き動かされて、モーナは武装蜂起を決意するのでした。

花岡一郎(ダッキス・ノービン)と花岡二郎(ダッキス・ナウイ)は、元々はセデック族の子どもでした。日本人の名前を付けられた彼らは、日本人と同じ教育を受けて、故郷で駐在警察として働いていました。2人の妻はセデック族の女で、「花子」という名前が付けられています。そして、一郎には生まれたばかりの赤ん坊もいました。
日本人として平穏な日常を送る一郎は、そんな折に武装蜂起の噂を耳にして、モーナに会いに行きます。モーナは一郎に「お前は死後神社に行くのか、それとも祖先の家に行くのか」と迫ります。一郎は答えを出さずその場を後にしますが、悩んだ末、次郎とともに蜂起する道を選ぶのでした。

モーナは300名のセデック族を集結させ、多くの日本人が集まる運動会の日に狙いをつけて、襲撃を開始します。
セデック族の男たちは「無念を押し殺さなければ、夢は叶わない」という歌詞のセデック族の歌をうたいながら、日本人の兵士だけではなく、女子どもも容赦なく殺害していきます。
やがて大殺戮を終えると、死体で埋め尽くされた小学校にモーナが現れます。現場に居合わせたセデック族の女たちが「なぜこんなことをしたのか」と嘆き悲しむ場面で、第一部が幕を閉じます。

【転】- セデックバレのあらすじ3

(第二部:虹の橋)
セデック族の部隊が運動会を襲撃したことで、日本軍の兵士だけではなく、戦う術を持たない女子どもまでもが、命を奪われてしまいました。
日本軍はただちに鎮圧に乗り出します。山間部に身を潜めるセデック族を攻撃しますが、地の利を活かして戦う彼らには、まるで歯が立ちません。やがて近代兵器で武装した数千人の日本軍は、わずか300人のセデック族に殺害されるのでした。
日本軍の将官である鎌田弥彦は、文明を与えた日本人に対して、長年抑圧されてきた原住民が反撃したことで、「野蛮人」と「文明人」の関係が反転してしまったと激しく怒ります。

日本軍の小島源治は、マヘボ社の敵対部落であるトンパラ社に駐在していました。ここの頭目であるタイモ・ワリスは、幼い頃自分に対して傲慢な態度をとったモーナを嫌っており、武装蜂起の誘いにも乗らなかったのです。
そんなトンパラ社にも暴動の知らせが届き、興奮した若者たちは小島の命を狙いますが、タイモは小島をかばいます。小島はセデック語を流暢に話せる数少ない日本人で、原住民にも友好的に接していました。
小島の妻子は運動会襲撃の際に殺されてしまい、彼はモーナへの報復を誓います。そしてタイモを説得し、日本軍側として招き入れるのでした。日本軍は蜂起に参加したセデック族の首に賞金をかけます。男は300円、女は200円、そして子どもは100円と、それは彼らの労働で得る賃金よりも高額でした。

一方、セデック族の女たちは、日本軍と戦う男たちに乏しい食料を回すため、集団自殺を決意します。彼女たちは次の世代をつなぐ妊婦を送り出し、幼い子どもを自らの手で殺してから、木に布をかけて次々と首を吊っていくのでした。
そして、日本の着物をきた花岡一郎と、セデック族の民族衣装に身を包んだ花岡二郎も、自殺を決意します。一郎は妻子を殺害し、切腹自殺をします。妊婦の妻を見送った二郎も、その後を追うのでした。

山中でゲリラ戦をするセデック族の部隊に対して、日本軍はついに上空から毒ガス爆弾を使った攻撃を開始します。
さらに、険しい山中を奔放に動き回れるトンパラ社の男たちを投入したことで、優位がどんどん崩されていきます。圧倒的な武力を誇る日本軍を前に、モーナ率いるセデック族は次々と命を落としていくのでした。
追い込まれたモーナは、飼っていた犬に刀を突き付けて、後を追わないようにさせます。そしてセデック族の誇りをかけて、残された部隊とわずかな武器を頼りに、最終決戦に挑むのでした。

【結】- セデックバレのあらすじ4

最終決戦は山間部ではなく、日本軍側に奪われた部落でおこなわれます。
死を恐れない蜂起部隊は、近代兵器の攻撃をものともせず、敵軍に突っ込んでいきます。少年の戦士も数名おり、バワンという名の少年は、戦闘中に兵士を道連れにして谷底へ飛び降りるのでした。
タイモは憎きモーナを倒すために、戦闘に参加します。トンパラ社を率いて蜂起部隊を殺害していきますが、川の中での戦闘中に反撃に遭って絶命します。
戦闘の果て、モーナは部隊を連れて吊り橋に辿り着きます。向こう岸には鎌田率いる日本軍が待ち構えており、迫撃砲で狙われていました。絶体絶命の危機に迫られたモーナは、タダオに砲弾を避けるためにはどうしたらいいかを尋ねます。すると、タダオは「オレが盾になる」と叫んで先頭に立ち、全員で突撃します。
結局、砲弾で橋が爆破され、モーナたちは川へ墜落します。ところが、その直後何事もなかったかのように、戦いを再開していました。そのとき空から赤い花びらのような物体が降ってきます。手に取ると、それは投降を勧める日本軍のビラでした。

討ち死にするまで戦う決意をしていたモーナでしたが、戦士の数が残りわずかになり、突然離脱を宣言します。
後のことをタダオに託し、山の中に去って行ったモーナは、途中でたまたまセデック族の女と子どもたちを見つけます。モーナは自分の妻を含めて皆殺しにして、焼き払ってしまうのでした。
残されたタダオたちは、戦いの末自害していきます。タダオは最期妹に会いに行き、「俺は死ぬ方が簡単だが、お前は生き続けてほしい」と言葉を残します。
その後、投降した者や命を助けられた者は、日本軍が管理しやすいように、川中島に強制移住させられました。
あれほどセデック族の鎮圧に燃えていた鎌田も、「彼らには日本人に勝るとも劣らぬ大和魂がある」とぽつりと漏らすのでした。
また、かつては原住民と親しくしていた小島も、タイモの仇討ちという名目でタウツァ社の人々をそそのかし、収容所にいたセデック族216名を殺害させます。

そして、山の中に行方をくらましたモーナは、4年後に半分ミイラ、半分白骨化となった遺体で発見されます。
霧社事件への見せしめとして遺体は公開されていましたが、第2次大戦が終戦すると行方不明となり、のちに台湾大学の医学部の標本の中から再発見されるのでした。

物語のラストでは、モーナ率いるセデック族の死んだ戦士たちが、虹の橋を渡っていきます。木の精が男と女の神となって多くの子どもを産んだという、セデック族のルーツである民話が流れる場面で、物語は幕を閉じます。

みんなの感想

ライターの感想

モーナ・ルダオが、日本人から支配や差別をされたことで誇りを汚されたと感じ、霧社を襲撃したということは、作品を観ていると理解できます。そして300人ほどの少数部隊で、数千人の日本軍相手に果敢に突入していく姿には、感動と同時に恐怖さえも感じました。本作はセデック族に感情移入していると、同じ日本人としての申し訳なさなど、さまざまな思いが込み上げてきます。ですが、彼らがあそこまで勝ち目のない戦いに挑めたのは、戦士としての誇りを守るためだけではなく、「セデック(真の人)として死んだ者は、虹の橋を渡って永遠の狩り場に行ける」という、死後への信仰があったからではないかと思いました。作中では、モーナは決して英雄としては描かれていません。罪のない日本人や自分の家族を皆殺しにして、最後には戦闘を放棄してしまう、一人の人間として描かれています。一方、「悪者」である日本人側にも、先住民への理解を示す小島などがおり(のちに豹変しますが)、わかりやすく善悪を分けていません。多様な見方ができるところが、本作の最たる魅力だと思いました。

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