「この世界の片隅に」のネタバレあらすじ結末

アニメ映画

この世界の片隅にの紹介:2016年に公開された日本のアニメーション映画。監督・脚本は『BLACK LAGOON』『マイマイ新子と千年の魔法』などの片渕須直。テアトル東京70周年記念作品。原作は『漫画アクション』連載のこうの史代による同名の漫画作品で、戦前・戦中を舞台に、一人の少女を通して戦時下の庶民の暮らしを丹念に描き、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞などの評価を集めた。

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予告動画

この世界の片隅にの主な出演者

北條/浦野すず(のん/本名:能年玲奈)、北條周作(細谷佳正)、黒村晴美(稲葉菜月)、黒村径子(尾身美詞)、水原哲(小野大輔)、浦野すみ(潘めぐみ)、北條円太郎(牛山茂)、北條サン(新谷真弓)、白木リン(岩井七世)

この世界の片隅にのネタバレあらすじ

【起】- この世界の片隅にのあらすじ1

昭和8年、広島市江波の海苔作りの家に育った少女・浦野すずは、9歳の時に海苔を届けに広島市内まで出かけます。
道にまよっていたすずは、大きな怪物に捕らえられてカゴの中に入れられてしまいました。そこにはもう一人の男の子がいて、自分たちは人さらいのバケモノにさらわれ、晩ご飯にされてしまうのだと言いました。しかし、すずも男の子も呑気なもので、自分たちの心配より帰る時間の方が気になっています。バケモノの方も夜になったら眠ってしまうといいます。すずは一計を案じ、背負っていた海苔を使ってバケモノに夜だと思い込ませ、眠らせました。すずと男の子は、無事に籠から逃げ出します。
そこに遠くから男の子の父親が「周作」と声をかけました。周作と呼ばれた男の子は、もんぺに書かれた名前からすずの名を知り、別れを告げて立ち去っていきました。
家に帰ったすずは、その一件のことを絵に描いて妹のすみに見せてあげます。すずは絵を描くのが好きな女の子でしたが、よく人からぼうっとしていると言われるので、あの日の事も夢ではないかと思っていたのでした。
その翌年、すずは妹のすみ、兄の要一とともに親戚の家にスイカを届けにいきます。そこで昼寝をしていたすずは、不思議な女の子が天井裏から出て来て、自分たちの食べ残しのスイカを食べるのに気づきました。すずがもっとスイカを貰って来たら、女の子は姿を消していました。親戚の叔母さんは座敷童だったのではないかと言いました。
親戚の家を出る時、すずは座敷童のために着物を置いていきました。しかし、兄の要一はすずを叱ります。すずはそんな乱暴な兄を密かに「鬼いちゃん」と呼んでいました。
昭和13年、すずが12歳の時、学校で図画の課題が出ました。描いた者から帰ってよしと言われ、すずは早々に描き上げて帰宅します。しかし、おつかいにいく途中、海の近くで同級生の水原が絵を描きかけたままぼんやりしていました。「描かないと帰れんよ?」と声をかけると、水原は描きたくないと言います。水原の兄は海軍に入ったものの、事故によって亡くなっていたのです。すずが代わって絵を描いてやると、水原は「こんな絵じゃ海を嫌いになれんじゃろうが」と言い、絵を持って立ち去っていきました。
昭和18年、海苔作りの仕事を手伝っていたすずのもとに、縁談の話が来ました。相手はどこかですずを見初め、是非にと言ってきたそうです。嫌なら断ればいいと言われたすずですが、嫌かどうかもわからないでいるうちに、縁談の話はとんとん拍子で進み、翌年の昭和19年には相手方の北條家のある呉で祝言をあげることになりました。
すずを含めた浦野一家は呉を訪れます。当時の呉は軍港で、多数の軍艦が入港していて活気のある街でした。
既に太平洋戦争が始まっていて物資が不足していましたが、北條家では訪れたすずの一家に、精一杯のもてなしをしてくれました。しかし食事の間、新郎である周作は緊張したまま何も口にしていません。
宴席が終わり、浦野家の一家が帰った後、すずは改めて新しい両親に挨拶し、北條家の一員となりました。初夜の床で、最初はぶっきらぼうだった周作でしたが、すずと二人きりになった途端、安心したように干し柿を食べ始めます。すずは周作とどこかで会ったことがないかと訪ねます。周作は小さい頃に会ったと言い、すずの口元のほくろまで覚えていたと言って彼女に口づけをしました。
翌朝から、さっそくすずは北條家の嫁として働きはじめます。朝ご飯の支度をして、配給の当番に出かけ、隣組の人たちとともに焼夷弾についての講習を受けに行くという生活でした。 この映画を無料で観る

【承】- この世界の片隅にのあらすじ2

昭和19年の3月になって、嫁にいっていた北條家の長女・径子が嫁ぎ先から娘・晴美を連れて帰ってきます。モガ(モダンガール=当時としては先進的な女性)だった径子は、嫁ぎ先とも折り合いが悪く、実家に戻ってきてからもおっとりしたすずにキツく当たります。しかし径子はすずが嫁入りしてから一度も里帰りをしてないことを指摘しました。北條家の人たちも気づかなかったことを詫びて、すずの里帰りが決まりました。
実家に帰省したすずは、さっそく家族の前でだらけて叱られ、妹のすみと一緒にお風呂に入ったりとリラックスしていました。しかし、夜になって寝ようとした時、すみに10円ハゲが出来ていると指摘されます。生活環境の変化は、のんびり屋のすずにもストレスになっていたのです。
翌朝、実家を出たすずは、広島の市街地を通りがかってあちこちをスケッチしているうちに汽車の切符を買いそびれてしまいました。仕方なく実家に再び戻ったすずに、家族はみんな呆れてしまうのでした。
4月、北條家に戻ったすずですが、元気がなくなってしまいました。家の近くの畑でたんぽぽを見ていたすずに、仕事帰りの周作が声をかけます。周作はすずが広島の実家が恋しくなったのではと労り、彼女の頭を撫でようとしますが、すずは強がってその手をはねのけます。実はただ単に10円ハゲに気づかれたくなかっただけでした。
5月、径子は晴美を連れて嫁ぎ先に戻りました。配給がさらに少なくなったため、すずはご近所の人に習って食べられる野草を使った食事を工夫するようになっていました。周作も義両親もすずの工夫した料理を喜んでくれましたが、時には失敗して微妙な味になってしまうこともありました。
6月になり、呉の街では建物疎開といって空襲による火災を防ぐための空き地を作るようになっていました。径子も嫁ぎ先で夫を亡くし、経営していた店も建物疎開の対象となったため、離縁して晴美を連れて北條家に戻ってきました。彼女にはもう一人、息子の久夫がいましたが、そちらは跡取り息子として嫁ぎ先に残してきたのでした。
7月、戦局がますます逼迫してきて、呉の街でも空襲警報が出されるようになりました。北條家でもご近所の人とともに防空壕を作りはじめます。建物疎開で取り壊された径子の家の木材を使って、北條家の裏庭に防空壕が作られました。
すずが掘り出した土を畑へ運ぶと、晴美が軍港を眺めていました。晴美は幼い頃から兄の久夫に教えられていて軍艦の種類に詳しくなっていました。その時、いきなり雨が降り出し、すずたちは防空壕の中で雨宿りをします。
すずと周作は二人っきりになって、自然と口づけを交わしましたが、防空壕の中には義両親もいました。
そんなある日、畑から港の軍艦をスケッチしようとしたすずは、通りがかった憲兵に見とがめられます。彼らはすずの行動を間諜(スパイ)行為と決めつけ、北條家に向かうと径子とサンを叱責します。二人は神妙な面持ちでしたが、憲兵が立ち去って、周作が帰ってきた途端にいきなり爆笑しました。普段のぼんやりしたすずを知る北條家の人々は、憲兵の決めつけがおかしくてしかたがなかったのです。周作も笑って、すずが取り上げられたスケッチブックのかわりに、小さな帳面(ノート)をくれたのでした。
8月になり、砂糖の配給が停止されました。やむなくすずは砂糖を買うために闇市に向かいます。他と違って祭りの時のように賑わう闇市の様子に、すずは目を丸くします。他では手に入らないようなものも買える闇市ですが、値段も高く、目当ての砂糖はほんの少ししか買えませんでした。物価の高騰ぶりに不安を抱きつつ、闇市を後にしたすずでしたが、ぼんやり歩いていたせいで迷子になってしまいます。あちこちで道を聞くものの、通りを歩く人たちはみな地理に疎いようで要領が得られません。困惑したすずは座り込んで、小石を使って道に落書きをはじめました。
するとそこに、リンという小綺麗な女性が通りがかります。彼女はすずが描いていたスイカやキャラメルの絵を喜び、すずに帰り道のことを教えてくれます。この地域は身売りされてきた女性の多い遊郭なので、周辺の地理に詳しい者はほとんどいないのでした。リンも昔、広島にいて浮浪児だった過去があったのですが、その頃に勝手に上がり込んだ家でスイカを食べさせてもらった経験があると話します。すずは気づきませんでしたが、リンはかつてすずが出会った座敷童だったのです。リンから教えられた道順をたどり、すずは無事に家に帰る事が出来たのでした。
9月、すずは仕事場の周作からノートを届けるよう頼まれて呉の町に出かけていきました。しかしそれは周作がすずを町に連れ出す口実でした。たまには家を出て息抜きせんといかんという周作の気遣いに、すずは思わず笑みを浮かべます。
残念ながら呉の町には、大きな軍艦が帰港していて大勢の水兵がごった返していました。すずと周作は盛り場を避け、橋の上で立ち話をします。改めて周作は、すずを選んだ自分の選択が最良だったと語り、少し痩せたすずを案じたのでした。

【転】- この世界の片隅にのあらすじ3

12月になって、海軍に入隊していた水原が北條家を訪れました。すずの同郷の軍人ということで、北條家は彼を歓迎します。食事の間も風呂の時も、すずと親しげに話す水原に、周作は複雑そうな表情をしていました。
しかしその夜、周作は水原を納屋に泊めさせ、もう会うこともないかもしれないからと言って、すずと二人きりにしてやりました。周作は、すずが周作に仄かな思いを寄せていたことに気づいていて、その埋めあわせをしようと考えたのです。水原はすずを抱き寄せようとしましたが、すずは「ほんまにごめん」と拒みます。すずの周作への気持ちを知った水原は安心したように笑い、「お前はほんまに普通じゃ」「ずっと普通で、まともでいてくれ」と言うのでした。
昭和20年2月、兄・要一の戦死の知らせをうけたすずは、周作とともに広島に帰りました。しかし遺体もないままで、実家の人々は誰も要一の死を実感として感じられませんでした。
呉に戻る帰り道、すずは先日の水原のことで変に気を遣った周作と口論になります。呉の駅についてもまだ二人の口喧嘩は続いていて、改札の駅員は呆れてしまいました。
昭和20年3月、すずと晴美が畑にいた時、ついに呉の町にも空襲が訪れました。米軍機の目標は軍港でしたが、対空砲火の破片が畑の方にも降り注ぎます。幸い、北條家に被害はありませんでしたが、呉の軍港は大きな被害を受け、民間人にもかなりの犠牲者が出ていました。
それからというもの、空襲は立て続けに起こり、それはやがて日常へとなっていきました。
そんな中、義父の円太郎が行方不明となり、周作が海軍に徴兵され軍事教練を受けることになりました。泊まり込みで、三ヶ月は戻れないということです。すずは不安を隠しながら周作たちがいない間、この家を守ると約束します。そして翌朝には口紅をつけて周作を送り出しました。円太郎も周作もいない家は、だだっ広く感じられました。
6月、負傷した円太郎が海軍病院にいるという知らせが届きます。径子は晴美とともに久夫のいる下関に行くことになり、切符を買いに行きました。その間に、すずは晴美を連れて義父の見舞いに行きます。
円太郎は空襲で負傷し、今まで意識がなかったということでした。大勢の海軍兵たちが入院している病院ではさまざまな噂が飛び交っていて、すずは円太郎から大和が沈められたという話を聞きました。
すずと晴美が病院を出た時、再び空襲警報が発令されました。二人は近くの防空壕に入れてもらい、なんとか爆撃をしのぎましたが、家に帰る途中で時限式の爆弾の爆発に巻き込まれてしまいます。
北條家で目覚めたすずは、自分が右手を無くしたことを知りました。晴美は遺骨となって棚に祭られています。径子はやり場のない怒りですずを責めましたが、義母のサンは「動転しとってねえ。あの子だって本気で言うとりゃせん」と言い、「あんたが助かっただけでも良かった」とすずを慰めます。
7月になって退院した義父が家に戻りましたが、再びやってきた空襲が北條家を襲いました。焼夷弾が屋根を突き抜けて室内に飛び込んだのです。一瞬呆然としていたすずは、絶叫をあげて布団を被せ、家族とともに必死で火を消しました。
空襲警報が解除されてから、周作が家に帰ってきました。彼の顔を見たとたん、すずは安心して気を失ってしまいました。
気持ちが落ち込み、寝こんだすずを案じて、実家からすみが訪れてくれました。懐かしい妹との再会に、ようやく元気を取り戻したすずは、すみを送って町まで歩きました。呉の町は度重なる空襲によってすっかり焼き尽くされています。すみは広島の実家に帰ってくるようにと言い残し、立ち去っていきました。
7月下旬、度重なる空襲の最中、すずは庭に降り立ったサギを見かけて追い立てようとします。そこに米軍機の銃撃があり、すずは危ういところを戻ってきた周作に助けられました。しかしすずは思わず実家に帰ると言ってしまいます。周作は説得しようとしましたが、すずは耳を貸そうとしませんでした。

【結】- この世界の片隅にのあらすじ4

8月6日。周作と円太郎が出勤していった後、帰省の用意をするすずに径子が謝ります。彼女は晴美が死んだことをすずのせいにしたと言い、すずを引き止めようとしました。
その時、一瞬の光が空から差し込みます。庭に出ると、広島の方に巨大なキノコ雲が発生していました。
翌日になっても広島との連絡は取れず、帰ってきた周作や義父から広島に新型爆弾が投下されたらしいという話を聞かされました。すずも実家を案じていましたが、ケガが治ってない状態ではどうすることも出来ず、広島に支援に向かうご近所の人たちを見送るだけでした。
すずはこの町の人たちみたいに強くなりたいと願い、飛来した爆撃機に向かって「そんな暴力に屈するもんかね」と誓うのでした。
8月15日、回覧板で重大放送があるとの告知を受けたすずたちは、近所の人たちとともにラジオの前で星座して放送を聞きました。それは天皇が敗戦を受け入れたという玉音放送でした。
一同は拍子抜けしたように力なくその言葉を受け入れましたが、すずは「最後の一人まで戦うんじゃなかったんかね?」と言い、納得できないまま表に走り出していきます。
人前では平静を装っていた径子も家の裏手で晴美の名前を呼びながら泣いていました。すずは畑で突っ伏し、ひたすら泣きじゃくります。そして、呉の町に立った朝鮮太極旗を見て、自分たちもまた誰かを暴力で従えていたことに気づくのでした。
その日の夜、灯火管制は解除され、北條家だけではなく、町のあちこちに明かりがともっていました。
しばらく経って、呉の町も進駐軍で溢れるようになりました。英語が飛び交うようになった闇市で、すずと径子はごった煮の配給を受けます。それは進駐軍の残飯でできたぞうすいでしたが、すずも径子も美味しさに感激したのでした。
年が明けて昭和21年1月、すずはようやく広島を訪れることができました。両親は亡くなっていましたが、すみは被害を免れた親戚の家で寝こんでいました。すみの手には放射能障害の皮膚炎ができていました。しかしすずはその意味に気づかず、すみを元気づけるためにお話をしてあげました。それは兄・要一が南の島でヒゲぼうぼうになって、ワニのお嫁さんをもらって冒険しているという物語でした。
親戚の家を後にしたすずは、広島の町で仕事を見つけた周作と待ち合わせをしました。その間、何人もの人たちが誰かと間違えて声をかけてきます。ようやくやってきた周作は、「この街は みんなが誰かを亡くして みんなが誰かを探しとる」と言いました。そして「わしは、すずさんはいつでもすぐわかる」とつけ加えます。
すずは「ありがとう。この世界の片隅に、うちを見つけてくれてありがとう」と言い、「もう離れんで……。ずっとそばに居って下さい」と懇願します。そんな二人の横を、いつか見たバケモノが通りかかりました。立ち去っていくバケモノが背負っているカゴの中からワニが顔を覗かせました。
夜、広島駅で汽車を待っている時、周作はすずに広島で所帯を持つか? と訊ねます。しかしすずは、「呉はうちの選んだ場所ですけえ」と言って断るのでした。
その時、二人の前に一人の女の子が現れます。その女の子は原爆で母親を失っていて、母親と同じく片腕だったすずに懐いたのです。
すずと周作は、女の子を連れて呉に戻りました。北條家の人たちもその子をあっさりと受け入れ、径子は晴美の服を出して来たのでした。
その後、クレジットタイトルのバックで径子がすずとその女の子に服を作ってあげた姿や、すずの絵によってリンが呉を訪れた顛末が描かれます。
そして最後に誰かの右手が画面にむかって手を振り、物語は終わるのでした。

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ライターの感想

戦争という極限状態の中でも日常はあって、人はそこで普通に暮らしていくというごく当たり前の姿を丹念に描いた物語です。少しとぼけた主人公・すずのキャラクターが魅力で、戦時下でも淡々と生きていく彼女の姿は魅力的でもありますが、それだけに戦局の悪化につれ悲惨になっていく物語がとても辛く突き刺さってきます。
126分という長尺ですが、エピソードがぎっしり詰まっていてまったく退屈している余裕もありませんでした。傑作だと思います。

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