「エレファントマン(1980年)」のネタバレあらすじ結末

エレファント・マンの紹介:1980年製作のイギリス・アメリカ合作映画。デヴィッド・リンチ監督作品。19世紀のイギリスでエレファント・マンと呼ばれた青年ジョゼフ・メリックの半生を描く。ジョン・ハート、アンソニー・ホプキンスが熱演。

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予告動画

エレファントマン(1980年)の主な出演者

ジョン・メリック(ジョン・ハート)、フレデリック・トリーヴズ(アンソニー・ホプキンス)、F・C・カーゴム院長(ジョン・ギールグッド)、ケンドール婦人(アン・バンクロフト)、バイツ(フレディ・ジョーンズ)、バイツの連れている少年(デクスター・フレッチャー)、寮母(ウェンディ・ヒラー)、ナイト・ポーター(マイケル・エルフィック)

エレファントマン(1980年)のネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

①19世紀ロンドンにエレファント・マンという名で見世物小屋にかけられた青年・ジョンを見た外科医・トリーヴズは、彼を医学的興味から引き取る。怖がったジョンは知的障害者のように振る舞ったが、知性があることが発覚。 ②知能が高く穏やかなジョンは上流社会の者の慰問を受けるが、トリーヴズは自分は形を変えた見世物をしているのではと悩む。ジョンは自分の待遇に対する感謝をトリーヴズに述べ、感激の後、自ら命を絶った。

【起】- エレファントマン(1980年)のあらすじ1

19世紀のイギリス・ロンドン。
美しい女性がゾウに襲われます…(ジョンの母が妊娠時にゾウに襲われたことの暗喩)。

…サーカスの見世物小屋の禁断の果実コーナーに、『エレファント・マン』という看板が掲げられていました。
しかしその当時、公序良俗に反するとしてその展示は許可されませんでした。昔は生まれつきの奇形を見世物にして商売することが認められていましたが、その頃になると差別として排斥する動きがありました。
ロンドン病院の外科医フレディ・トリーヴズは、医学的興味からエレファント・マンを見たいと思います。しかしなかなかそのチャンスが得られませんでした。
19世紀のロンドンでは工業が盛んになっている頃です。工場で機械事故を起こす者も多く、トリーヴズは機械で事故を起こした者の外科手術をよく行なっていました。
医学部で解剖学も勉強しているトリーヴズは、エレファント・マンの骨格構造や身体の形状などを知りたいと思います。そこで少年を雇い、見世物小屋がかからないか調べさせました。
そして少年から情報を得たトリーヴズは、グリーン通りにかかった見世物小屋に行きます。
後見人兼興行師・バイツから「閉鎖した」と断られますが、金を積んでこっそり見せてもらいました。バイツは、エレファント・マンが「産みの母親が妊娠4か月の時に、地図にも載っていないようなアフリカの僻地で、野生のゾウに襲われた」と話します。
エレファント・マンを見たトリーヴズは、思わず涙を流しました。彼のためになんとか手助けしたいと思い、「翌日10時に病院へ連れてきてくれ」とバイツに頼みます。

翌日、黒い大きなマントをかぶり、頭巾を頭にかぶった異様な格好の男が、トリーヴズのいる病院を訪れました。
頭巾には左目しか穴が開いておらず、後頭部にあたる部分は大きく膨れており、見る者は遠巻きにします。
トリーヴズはエレファント・マンを歓待しました。エレファント・マンは本名を、ジョン・メリックといいます(なので以後、ジョン表記にする)。
トリーヴズはジョンを個室に通すと、自分がロンドン病院で外科医をしていると告げ、医学部で解剖学も研究していると説明しました。そのうえで、君のことを調べたいと頼みます。
ジョンは21歳の青年でした。トリーヴズが必死で質問を重ねますが、ジョンの反応は薄く、トリーヴズはジョンが「頭はかなり弱い(知的障害がある)」と最初は思います。
トリーヴズは本人に説明したうえで、学会に参加しました。ジョン本人を医者みんなの前に引き合わせて、その病状を説明します。
ジョンの頭蓋骨は極度に拡張し、右上腕は動かない状態です。さらに背骨が湾曲しています。
皮膚は全体的にたるんでおり、しかも身体の90%はコブに覆われていました。
これらの症状は生まれた時から急速に進行を続けており、慢性気管支炎も持病として持っています。ただし、生殖器は健常でした。
身体の右半身に症状が重く現れ、左半身の、特に左腕は普通の人と変わりがありません。
頭蓋骨の外骨腫、乳頭腫状増殖と有茎性の塊、骨を含む右上腕の肥大、そして頭の大きなゆがみ…そのために彼は「エレファント・マン(ゾウ男)」と呼ばれていると報告します。
学会ではその様子をカメラで記録もしていました。ジョンはみんなに身体を見られながらも、無反応でした。
当初トリーヴズはジョンに知的障害もあると思っており、それが幸いだと考えていました。自分の容姿が他と著しく異なることを、ジョンが知らないでいることは幸福だと思ったのです。
その頃、見世者小屋の興行師・バイツは、ジョンで商売ができない世の中にロンドンがなってきていることを嘆き、ジョンに折檻します。
興行師のところにいる少年がジョンの容態を心配してトリーヴズの元を訪れ、「ヒューヒューいっている」と訴えました。トリーヴズは見に行きます。
バイツは「病院に行く前は元気だった。転んだんだ」と嘘をつきました。
頭が大きすぎるのでジョンは仰向けになって寝ると死ぬとバイツは言い、だからジョンはいつも座って寝ていることをトリーヴズは知ります。
トリーヴズはジョンを引き取ろうとしますが、バイツは拒否しました。ジョンはビジネスパートナーだからと嫌がりますが、トリーヴズはジョンを半ば引き立てて、病院へ入院させました。

トリーヴズはジョンを隔離病室に入院させます。トリーヴズがこそこそとジョンを病室へ入れているのを見た病院長F・C・カーゴムは、トリーヴズを呼び出して「治る見込みはあるのか」と質問します。 この映画を無料で観る

【承】- エレファントマン(1980年)のあらすじ2

残念なことに、当時の医学では治すことができませんでした(注:現在でもなお、難しいとされている)。それを聞いた病院長は、不治の病の患者のために病床を1つ無駄にするのはよくないと言います。
そこへ朝食を運んだ女性・ノラの悲鳴が響き渡りました。ノラは何も聞かされていなかったので、ジョンの容姿を見て驚いたのです。ノラは食事を乗せたお盆を落としていました。
トリーヴズが行ってノラに「前もって説明すればよかった」と謝り、ジョンにも謝りました。食事は新しいものをすぐ用意すると言います。
トリーヴズは病院長に、そのうちジョンに会わないかと言いました。実際にジョンに会えば病院長の意志も変わるかもしれないと考えたのです。
隔離病棟に収容されたジョンを見つけた、病院の下働きの若い男ナイト・ポーター(注:本名ではなく、劇中では明らかにされない。「夜を運ぶ人」という意味)は、ジョンにちょっかいを出します。しかしジョンは反応しませんでした。
ナイト・ポーターはジョンを見世物にして金を取れないかと画策します。

翌日、病院の待合室でたまたま2人の女性が血みどろの格闘をしました。その隙に興行師・バイツは入院病棟に入りこみます。
トリーヴズはジョンから何か引き出したいと考えていました。現代医学で彼を治すことは無理でも、医学の発展のために少しでも研究したいと思っています。
トリーヴズはジョンに終始、紳士的に接しました。健常者のように平等に扱う態度は、最初から最後まで変わることはありませんでした。
その日の対面調査では、ジョンは話ができるということをトリーヴズは知ります。理解をし、反芻(繰り返す)ことはできるという情報を得ました。
廊下で出食わして「ジョンを帰してほしい」と訴えるバイツに「不幸な人間を利用している」とトリーヴズは指摘しますが、「あんたこそ科学の立場を利用して、名声を得ようとしている」と言われました。この言葉はトリーヴズの心を刺します。
病院長がバイツを追い払うと、翌日の午後にジョンに会いたいと言いました。急なことに、トリーヴズは慌てます。

さらに翌日、朝早くから出勤したトリーヴズは、ジョンに練習をさせて、病院長に礼儀正しく、きちんと受け答えができそうにセリフを覚えさせました。聖書の詩編の一部も覚えさせます。
ところが急なことだったので、病院長に練習が見抜かれてしまいました。どんな質問をしても、ジョンは「みなさん親切です」「普段よりずっといいです」しか言わなかったからです。
部屋を出た病院長はトリーヴズに「君が教えた言葉を繰り返しているだけ」と言い、他の場所でケアさせろと言います。その部屋の中では、ジョンが教わった聖書の詩編を唱えていました。
病院長との会話の途中で、トリーヴズははたと気づきます。まだ教えていない部分まで、ジョンは暗唱していたのです。これには病院長よりもトリーヴズが驚きました。
血相を変えて部屋に飛び込んだトリーヴズに、ジョンは「毎日聖書と祈祷書を読んでいたから、暗記している」と答えました。
実はジョンは文字も読め、教養もありました。いままでトリーヴズの前で、わざと知的障害者のように装っていたのです。ジョンは自分に知能があると知られると怖かったので、隠していたのでした。
精神弱者ではないと知り、病院長も驚きました。そして見る目を変えます。

病院長はジョン・メリックを病院に収容していることを、ロンドン・タイムズ紙に投稿しました。「ひどい外見なので昼間は外に出ることができないが、知的レベルは高く性格は温厚」と記しています。ジョンのことが広く知れ渡りました。
それと共に、閉鎖病棟の屋根裏部屋から別棟に移動させます。
移動させると知ったナイト・ポーターは、居酒屋で「この男を見られるぞ」と言って金を徴収し、怖いもの見たさの人間たちを集めてジョンのところへ行きました。
新たな部屋には、細心の注意がはらわれます。寮母と若い女性・ノラがジョンの担当の世話役になり、鏡類の持ち込みは禁止されました。

【転】- エレファントマン(1980年)のあらすじ3

その頃、トリーヴズはジョンを友人として自宅に招きました。妻・アンと引き合わせます。
トリーヴズと同様、アンもジョンに優しく接しました。「美しい女性に優しくしてもらったのは初めてだ」と、ジョンは思わず涙を流し、そんな清らかな心のジョンを見たアンも感激します。
トリーヴズとアンの家族写真を見たジョンは、自分も母親の写真を持っていると言ってアンに見せました。トリーヴズも見せてもらいます。
ジョンの母という女性はとても美しい人でした。
「母は天使のような顔をしていました。僕を見て、さぞがっかりしうたことでしょう。もし僕が友だちと一緒にいる姿を見たら(僕に友人ができていると知ったら)喜ぶかもしれない」と言うジョンのけなげな心情を聞いたアンは、涙を流しました。
(どういう経緯かは分からないが、ジョンが見世物小屋にいたということは母から捨てられたことを意味する。それでもジョンは母への思慕を忘れていない。それを想像してアンは不憫にも思い、またそこまで母への愛が深いジョンの純粋さに心を打たれて泣いた)

ジョンには個室があてがわれ、快適な生活が始まりました。ジョンは三食と寝る部屋をもらい、窓から見えるセント・フィリップ聖堂の模型を作ります。
窓から見える聖堂は塔の上部のみなので、下の部分は想像しながらの作業です。
ある時ジョンはトリーヴズに、自分の病気は治るのかと質問しました。下手な期待を持たせない方が彼に誠実だと考えたトリーヴズは「面倒を見ることはできるが、治すことはできない」と正直に答えます。
壁にかかった絵を見たジョンは、「僕も普通に仰向けに寝たい」と洩らしました…。

先のロンドン・タイムズ紙の投稿を読んだ演劇界の大女優・ケンドール婦人が、プレゼントを持ってジョンを慰問します。
ジョンは感激し、劇場の話を聞きました。
ケンドール婦人は自分の写真と『ロミオとジュリエット』の本をプレゼントします。ジョンが本を朗読すると、ジュリエットのセリフのところはケンドール婦人が言いました。キスのところではジョンの頬にキスをして「あなたはエレファント・マンじゃない。ロミオよ」と言います。
ケンドール婦人がロンドン病院にいるジョンを慰問したことは、すぐに新聞記事になりました。そこには「社交界の流行になりそう」と書かれています。
実際、ケンドール婦人を皮切りにして、上流社会の人たちが次々にジョンを訪れました。その頃にはすっかりジョンの味方となった寮母は、「なぜあんな人たちとの面会を許すのか。あの人たちは(ジョンと会ったということを)自慢したいだけ」とトリーヴズに注意します。「また見世物になっている」という寮母の一言は、トリーヴズを傷つけました。
トリーヴズは、自分のしていることが本当に正しいのか疑問に思います。寮母の言う通り、結局のところジョンを見世物にしているのかもしれないと考えました。
ジョン・メリックが有名になるにつれ、トリーヴズを指名する患者も増えました。「私は何のために彼を擁護しているのか。私は善人か悪人か」と悩み続けます。
しかし…ジョンの生活が「恵まれている」ことも事実でした。石炭工場で全身真っ黒になって肉体労働をして生きて行く者がいる一方で、ジョンは何も働かず優雅な暮らしができているのは確かです。

病院で評議会が開かれます。内容は、ジョンをそのまま置いておくべきかどうかでした。
かつて病院長が考えたように「病気の治療こそが病院の使命だ」と主張する者もいます。
ジョンをそのまま病院に入院させておくかどうか採決する段になり、ウェールズ地方の王女・アレクサンドラ妃が病院に来ました。しかも、女王からの手紙を持っています。
「ロンドン病院の評議会へ  メリック氏に対する皆さんの慈善行為は称賛に値します。イギリスで最も不幸な国民の1人に、安全な家を与えてくれてありがとう。今回の件に加え、他の慈善事業にも積極的に取り組んでいると院長から伺いました。感謝の意を表します。  ヴィクトリア女王」
女王までもが感謝しているのですから、反対派も何も言えなくなりました。ジョンは終生、病院にいてもよい権利が採択されます。

【結】- エレファントマン(1980年)のあらすじ4

トリーヴズはこの知らせをジョンにもたらし、男性用の化粧箱をプレゼントしました。
ジョンは感激し、院長、寮母、世話をしてくれる女性・ノラ、トリーヴズを友人だと言います。

しかし一方で、ジョン自身に「闇」も迫っていました。
ナイト・ポーターはたまに金をもらい、ジョンを見世物にしていました。ある日、そのメンバーに興行師のバイツも加わります。
ジョンを見に行った人たちは酔っ払った勢いもあり、ジョンの部屋に入りこみました。無理やり女性とジョンをキスさせたり、酒が飲めないジョンに無理強いしたりして、乱痴気騒ぎを起こします。
あげく、ナイト・ポーターはジョンに鏡を見せました。いちばん見たくないものをまざまざと見せつけられたジョンは、絶望して絶叫します。
酔客は去り、ナイト・ポーターもジョンにチップを渡して立ち去りました。
絶望するジョンに興行師・バイツが近寄ると、ジョンを連れ去ります。

バイツはジョンを連れてヨーロッパに行きました。イギリス・ロンドンでは公序良俗に反するからと興行はできませんが、ヨーロッパの方ではまだ仕事ができると踏んだのです。
荒らされた部屋を見たトリーヴズは、警備員から事情を聞いて、ナイト・ポーターを責めました。悔いる気配のないナイト・ポーターを、寮母が殴って気絶させます。
ジョンを心配するのは、トリーヴズ、寮母、お世話の看護師だけでした。病院長たちはもはや無関心でした(病院長はジョンを使って病院をしたかっただけの可能性もある。目的は果たしたので、もうどうでもよかった)。
トリーヴズは必死にジョンの行方を探します。
その頃、ジョンは生まれつきの奇形もあり、衰弱が始まっていました。見世物の最中に倒れ、興行師・バイツはうろたえます。
ジョンで金を稼げると思ったので拉致したバイツは、弱っていくジョンは価値がなく必要ないと思い、マントヒヒのオリに入れます。
それを見ていた周囲の者たちが、ジョンに同情して逃がすことにしました。巨人や小人たちが連れ出し、マントと頭巾をかぶせてフェリーに乗せます(イギリスへ帰すつもり)。
ロンドンへ帰ろうとしたジョンは蒸気機関車に乗りますが、興味本位で近づいた子どもが頭巾を取り、騒動になりました。パニックになったジョンは、つい子どもの1人を突き飛ばしてしまい、追いかけられます。
トイレまで逃げたジョンは「やめてくれ。僕はゾウじゃない。僕は怪物じゃない。僕は人間なんだ。僕はこれでも人間なんだ」と叫びました。ジョンの心の叫びでした。

ジョンは警察に保護されて、トリーヴズのところへ戻ってきます。トリーヴズは温かく迎えました。
しかしジョンは衰弱していました。寝込みがちになります。
それでもジョンはトリーヴズに「今の僕は幸せです。愛されているから。自分を発見できた。あなたがいなければ、こんなことは言えなかった」とトリーヴズに言いました。

ケンドール婦人の招待で、ジョンはトリーヴズ夫妻、寮母、ノラたちと一緒に劇場へ行きます。
そこでジョンは、生まれて初めて観劇を鑑賞しました。お芝居とはなんと美しいものかと感動します。
芝居の後、ケンドール婦人がジョンを観客に紹介しました。劇場の皆がジョンへ惜しみない拍手をくれます。
ジョンは満足して帰宅しました。トリーヴズは「また劇場へ行こう」と言います。
ジョンに、もう足りないものはありませんでした。充分、人生に満足しました。
もしあとまだ1つ足りないものがあるとすれば…健常者のように「仰向けになって寝ること」です。
組み立てられたセント・フィリップ聖堂の模型にサインしたジョンは「これで全部終わった」と呟きます。
そしてベッドの枕をすべて取り除き、普通の人のように仰向けになって眠りました。
『決して 決して死ぬことはない 川は流れ 風は吹く 雲は流れ 心臓は鼓動を打つ すべては永遠に続く』
ジョンのまぶたに映ったのは、美しい母の姿でした。
〝これは「エレファント・マン」として知られるジョゼフ・メリックの実話をベースに描いている。
同じタイトルの演劇とは関連性はない。〟

(現実では自殺ではなかったようだが、映画版のラストでは自殺を暗示させるラスト。
身体が衰弱したジョンは、自分がしたかったことをすべて行なって満足したのちに、最後の憧れである「普通の人のように仰向けに寝る」ということを実践したふうに描かれている。)

みんなの感想

ライターの感想

見た目の醜悪さを描くのがメインではない。人間の心の醜さを描いた作品。
とはいうものの、見ているうちに疑念も増す。どこからどこまでが醜悪で偽善なのか、線引きが非常にあいまいだということに、気づかされる。
トリーヴズ医師自身も劇中、悩む。自分は結局バイツからジョンを取り上げて待遇をよくしたけれども、やっていることは同じ、上流社会の人にジョンを見世物にしているではないかと気づく。
病院長はジョン・メリックに住居を与え、親切にしているさまを新聞に投稿する、つまりジョンを使って病院の宣伝をおこなう。
ケンドール婦人たちも同じ。慰問という形をとって新聞記事に載り、いちはやく有名になることに成功している。
それらの描き方も秀逸なので、偽善なのか無償の愛なのか、見る側も判断がつきかねる。映画を見ているうちに「じゃあその線引きとは」と考えさせられる。
また些細なシーンなので見逃しやすいが「全身すすだらけになって肉体労働をしつつ日銭を稼ぐ下層の人たち」「先天的に異常だった容姿により汗して働かなくとも楽して暮らせるジョン」…これは痛烈な皮肉である。
ジョンにとっての幸福とはなんだろう。非常に考えさせられる作品。

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