「フォッグオブウォーマクナマラ元米国防長官の告白」のネタバレあらすじ結末

ヒューマンドラマ

フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白の紹介:ケネディ、ジョンソン大統領の下で国防長官を務めたロバート・S・マクナマラが、これまで経験してきた戦争とその裏側を語るドキュメンタリー。第76回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した。

予告動画

フォッグオブウォーマクナマラ元米国防長官の告白の主な出演者

語り(ロバート・S・マクナマラ)

フォッグオブウォーマクナマラ元米国防長官の告白のネタバレあらすじ

【起】- フォッグオブウォーマクナマラ元米国防長官の告白のあらすじ1

ロバート・S・マクナマラは、第二次世界大戦では陸軍として3年、ベトナム戦争では国防長官として7年間、アメリカの戦争を体験してきました。自らの人生を「戦争とともにあった人生」と語るマクナマラがまず振り返ったのは、国防長官として対応したキューバ危機。人類が核戦争に最も近づいた日です。

この危機を回避できたのは、前モスクワ駐在大使がソ連のフルシチョフの状況を鋭く見抜いたことにありました。当時、フルシチョフは苦しい立場に置かれていたことから、交渉の余地があるとアメリカ側は判断、その結果、危機は回避されたのです。マクナマラはこの経験から「敵の身になって考えよ」という教訓を得ます。

キューバ危機を含めて、国防長官在任中にマクナマラは核戦争が起きかねない危機的な場面を三度経験しています。破滅的な結果しか待っていないにもかかわらず、理性ある指導者は核戦争を引き起こそうとしていたのです。マクナマラは、「理性には頼れない」という教訓も思い知ることになります。

【承】- フォッグオブウォーマクナマラ元米国防長官の告白のあらすじ2

マクナマラは二歳のときに第一次世界大戦の終戦を迎えました。マクナマラは優秀な学生で、ハーバード大学に進学、第二次世界大戦開戦時には同大学の助教授となっていました。

戦中、マクナマラは効率の分析という仕事でアメリカ軍に貢献します。マクナマラの当時の仕事相手はルメイ大佐。キューバ危機の際、空軍首脳部としてキューバ侵攻を強く主張した人物です。ルメイは当時から好戦的かつ効率的で、最も重視したのはより少ない犠牲で目標を破壊することでした。

ルメイの効率性は対日戦に向けられます。ルメイはB29戦闘機に標準よりかなり低い高度で爆撃するよう指示、それにより高い精度で目標を破壊することが可能となったのです。日本の67都市で多くの一般民が犠牲となり、さらに広島と長崎には原爆が投下。この原爆投下もまたルメイの指示でした。このとき、マクナマラが痛感した教訓は「戦争にも“”目的“と”手段“の釣り合いが必要」ということです。戦争を終わらせるためとは言え、ルメイと自分が行ったことは戦争犯罪とマクナマラは考えていました。

【転】- フォッグオブウォーマクナマラ元米国防長官の告白のあらすじ3

終戦後マクナマラはフォードに入社、多くの利益を創出し、社長に就任します。ところがその直後、新大統領のケネディより国防長官に就任するよう打診され、迷った末に就任を受諾します。就任したとき、ベトナム情勢は不安定な状況でした。

マクナマラがベトナムのアメリカ兵撤退を進める中、南ベトナムで軍によるクーデターが、そしてその後ケネディ暗殺という事態が発生。1964年、新たに就任したジョンソン大統領はベトナムへの介入を強め戦争は泥沼状態に陥ることになります。

同年の8月2日と4日にアメリカの駆逐艦が北ベトナム軍から攻撃を受けたという報告が現地より発信されました。アメリカ軍は2日の攻撃に対しては報復を行わず、4日の攻撃に対して報復として大規模な空爆を展開。ところが、後になって4日の攻撃が誤認と判明。2日の攻撃は事実でしたが、激しい報復の根拠となる4日の攻撃はそもそも存在しなかったのです。ここで得た教訓は「目に見えた事実が正しいとは限らない」こと。世論はジョンソンとマクナマラを痛烈に批判し始めていました。

【結】- フォッグオブウォーマクナマラ元米国防長官の告白のあらすじ4

キューバ危機で学んだ「敵の身になって考えよ」という教訓は、ベトナム戦争で生かされませんでした。ベトナム戦争はアメリカにとっては共産主義に対する戦いでしたが、ベトナムの人々にとってはアメリカの侵略から独立を守る戦いでした。だからこそ、ベトナムは死にもの狂いで戦ったのです。そのうえ、ベトナムの過酷な環境はアメリカ軍を大きく疲弊させ、日に日にアメリカ兵の死者は増加の一途をたどっていました。

アメリカ国内では反戦ムードが漂い始め、同盟国の国々もアメリカの姿勢に賛同しない現実を前に、マクナマラは「理由づけを再検証せよ」という教訓を学びます。国を救うために人を殺すという状況を、マクナマラは第二次世界大戦に続きベトナム戦争でも目の当たりにし、「人は善をなさんとして悪をなす」という教訓を実感したのでした。

1967年、ベトナムへの派兵を継続するジョンソンと対立したマクナマラは国防長官を辞任します。その時点でのベトナム戦争のアメリカ兵戦士者数は25,000人(最終的な数は58,000人)でした。最後にマクナマラは「人間の本質は変えられない」という教訓を口にします。戦争は霧の中の存在であり、すべての変化を読むことは人間にはできようもないのです。

そして、詩人エリオットの「探求の果てに元の場所に戻り 初めてその地を理解する」という詩を引用します。「ある意味で今の私がそうだ」、マクナマラは一言そう言い残しました。

関連する映画

ヒューマンドラマ

みんなの感想

映画の感想を投稿する

映画「フォッグオブウォーマクナマラ元米国防長官の告白」の商品はこちら