「世界から猫が消えたなら」のネタバレあらすじ結末

世界から猫が消えたならの紹介:2016年5月14日公開の日本映画。川村元気の同名小説を佐藤健主演で映画化したヒューマンドラマ。余命わずかと宣告された30歳の男が、悪魔と取引し、大切なものと引き換えに1日の命を与えられ、かつての恋人や親友、両親の想いを知る姿を描く。佐藤が主人公と悪魔の2役を演じるほか、宮崎あおい、濱田岳、奥田瑛二、原田美枝子といった実力派が顔を揃える。

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世界から猫が消えたならの主な出演者

僕&悪魔〔2役〕(佐藤健)、彼女(宮崎あおい)、ツタヤ(濱田岳)、トムさん(奥野瑛太)、ミカ(石井杏奈)、父(奥田瑛二)、母(原田美枝子)

世界から猫が消えたならのネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

①「僕」は脳腫瘍で余命わずか。「僕」の前に悪魔が現れ「明日死ぬが、世界から何か1つ物を消すと、1日寿命が延びる」と言われる。「僕」は悪魔の言うまま、電話、映画、時計を消した。次に選ばれたのは猫。 ②物を消すというのは、その物にまつわる思い出や人間関係を消すことであった。それを実感した僕は、猫を消すことを拒否し、自分を消すことを選んだ。

【起】- 世界から猫が消えたならのあらすじ1

〝世界から猫が消えたなら、世界はどう変わるのだろうか。
世界から僕が消えたなら、一体誰が悲しんでくれるだろうか。
あなたは信じないかもしれないけど、これは僕に起きた本当の出来事です。
そして、もうすぐ僕は死にます。
この手紙は、僕があなた宛に書いた、最初で最後の手紙です。つまりこの手紙は、僕の遺書です。〟
…「僕」は海辺の見える高台にある街(注:本編では触れられないがロケ地は函館)で、郵便配達員の仕事をしている若者です。
今までの「僕」は過去や現在に思いを馳せても、未来は無限に続いて行くことに何の疑問も抱いていませんでした。
ある日、「僕」は仕事帰りに自転車に乗っていて猛烈な頭痛を感じ、自転車から落ちて病院に運ばれます。診察の結果、脳幹部に近い場所にかなり肥大した腫瘍があるとみなされました。検査はしていませんが、医者は悪性の脳腫瘍で手術もできず、状況は厳しいと言います。
腫瘍によりいつ脳の血管が破裂してもおかしくないと宣告された「僕」は、一瞬「絶叫しながら走って病院を飛び出し、橋を全力疾走する」妄想をしますが、実際は医者の言うことを淡々と聞いていました。
あまりにも深く絶望すると、人は取り乱したりしないのだと、この時「僕」は悟りました。
帰りは路面電車に乗り、喫茶店でオムライスを頼んでトッピングのパセリをよけたものの食欲はなく、「僕」は帰宅します。
余命わずかな「僕」の頭の中にあるのは「あと何本大好きな映画を見られるのか、本を読めるのか」「シャンプーのまとめ買いをしてしまったばかりだ」「クリーニングのスタンプがあと1つで一杯になったのに」という愚にもつかないものばかりでした。
「僕」が下宿しているのは古い和風の家の2階部分です。その部屋に入ると「僕」と瓜二つの男性がいて、「僕」は驚きました。
正体を当ててみろと言われた「僕」が「死神? 悪魔?」と言うと「はい、悪魔みたいなもんです」と相手は答え、悪魔だということになります。
悪魔は〝「僕」が明日死ぬ運命だ〟と告げ、「世界から1つだけ何かを消すことで、寿命を1日延ばす」という取引をもちかけます。「じゃ、パセリで」と言う「僕」を制し、悪魔は「消すものはこっちで決める」と言いました。
その時「僕」に局長から電話がかかってきます。明日の休日出勤を断った「僕」は1週間の休みをもらいました。それを見た悪魔は、電話を消そうと言います。
明日電話を消すと言われた「僕」は、携帯電話に登録されたアドレス帳をスクロールしました。そこには実家である「カモメ時計店」も登録されています。
悩んだ挙句「僕」は元カノに電話しました。会う約束をします。
その夜「僕」は幼い頃の夢を見ました。雨の日に捨てられた猫を連れて帰った時のことです。猫アレルギーの母は飼うことを許可し、入っていた段ボールから名前を「レタス」と決めました。キジトラの猫です。
レタスは母が好きでいつも母の足元にまとわりついていました。いつの間にか母のアレルギーはおさまっていました。
…翌朝、歯磨き中に「僕」の詰め物の銀歯が取れます。街のミナト座という映画館で待ち合わせをし、彼女と会いました。
彼女と喫茶店で会っている時に「なんで口をもごもごされているの?」と聞かれ、銀歯が取れたことを話すと、彼女は爆笑します。 この映画を無料で観る

【承】- 世界から猫が消えたならのあらすじ2

「僕」が彼女に電話をかけたのは、彼女との出会いが間違い電話だったからです。セキさん宅に電話した彼女は、映画鑑賞中の「僕」の背景音から見ている映画を『メトロポリス』と言い当て、意気投合しました。
偶然にも同じ大学だと判明して後日会い、交際を始めました。会うと緊張して喋れなくなる「僕」は電話だと多弁になり、だから「僕」と彼女は歩いて20分の距離に住んでいながら、いつも電話をする仲でした。
「なんで僕たち別れちゃったんだろう」と呟く僕に、彼女は「別に、私たちが互いを嫌いになって別れたわけじゃない。でも、あるんだよ、そういうの」と答えます。
映画好きの彼女はミナト座の真上に住んでいました。別れ際に「もし電話が消えたら」と僕がたとえ話をすると、彼女は「もし電話がなければ、私たちは出会わなかった」と言います。
もうすぐ自分が死ぬことを告げ、「僕」は彼女と別れました。彼女は帰宅した後、机の引き出しから白い封筒を出して一回り大きな封筒に入れ、ポストへ投函します。
帰りの路面電車の中で悪魔が「では電話、そろそろ消しちゃっていいかな」と言うと、手に握ったスマートフォンが溶けて消えました。他人の持っている電話も消え、街の公衆電話も消えます。
ソフトバンクのモバイルショップは文房具屋に様変わりしました。
「僕」がミナト座に確認しに行くと、彼女は「僕」を知らず、出会っていないことになっていました。
その物体が消えると、思い出も人との関係も消えてなくなるのだと、「僕」は痛感します。
ショックを受ける「僕」に対し、悪魔は「次は映画を消そう」と言いました。
…「僕」には大学時代からの友人・ツタヤがいました。大学の構内で映画雑誌を読みふけっているツタヤに「僕」が声をかけたのがきっかけです。
話してみると、ツタヤの映画好きは「僕」の想像以上で、たとえば「1996年4月にミナト座で上映された『アンダーグラウンド』という映画を見た」という「僕」に、ツタヤは本気で口惜しがりました。ツタヤはその時盲腸で入院していたのです。
以来ツタヤは「僕」に映画のDVDを貸してくれるようになりました。『ライムライト』を貸し、返すと次は『太陽を盗んだ男』『メトロポリタン』『ブエノスアイレス』『花とアリス』…次々にDVDを持ってくるツタヤに、「僕」は「『TSUTAYA』みたいだな」と言います。ツタヤの本名は「タツヤ」でしたが、ツタヤというあだ名になりました。
ツタヤとの付き合いは大学卒業後も続いており、レンタルビデオショップに勤務するツタヤは「僕」に常に貸すDVDを用意していました。「映画は無限にある。だからこのやりとりも無限に続く」とツタヤは言います。
映画が消える日、「僕」はツタヤの店に行って「死ぬ前に最後に見る映画を貸してくれ」と頼みますが、ツタヤは「選べるわけないだろ。選んでたら、その前に死んじゃう」「最後の1本なんて存在しない」と答えました。
「永遠にこのやりとりは続くんだろ」とツタヤは言いますが、「僕」は自分が死ぬことを告げます。
「僕」が去った後、ツタヤは店内のDVDを探しまわりますが「『僕』に見せるべき最後の1本」が見つかりませんでした。

【転】- 世界から猫が消えたならのあらすじ3

映画は消え、彼女のいたミナト座は空き地になります。ツタヤの店は書店になりました。ツタヤも「僕」を知らないことになっています。
…まだ「僕」と彼女が付き合っていた時代、2人はアルゼンチンに旅行へ行きました。そこで、トムさんという日本人に会います。
トムさんは高校卒業と同時に日本を出て、世界中を旅して回っている男性でした。自由気ままに暮らしているトムさんを、「僕」も彼女も好ましく思います。
トムさんは「時間という概念があるのは人間だけだ。いちにちを分とか秒とかの時間に区切って縛られている」と言いました。「僕」は思わず、実家が時計屋で父が時計の修理工をしていることを打ち明けます。
「旅をしているとこの世には残酷なことが沢山あるのに気づく。でも同じくらい美しいものが存在する」「生きてやる」と言っていたトムさんは、「僕」と彼女に別れを告げて次の旅に出るという時、車に轢かれて亡くなりました。
トムさんが死んでも世の中が変わらないことを嘆いた彼女は、イグアスの滝(注:アルゼンチン とブラジルの二国にまたがる、世界最大の滝)の前で「生きてやるー」と泣きながら叫びます。
そんな思い出も含めて、次には世界から時計がなくなりました。カモメ時計店のポスターも消えます。
家に帰った「僕」に、悪魔は「何かを得るためには、何かを失わなければならない」と言い含め、次に消すのは猫だと告げました。
…猫にまつわる思い出は、大量にありました。
「僕」が小学生時代に拾ってきたレタスは家で暮らしますが、弱ってご飯を食べなくなります。奇しくも、母に病気が発覚した時でした。
レタスは母の腕の中で亡くなります。
瀕死のレタスに叫んで駆け寄った「僕」に、母は「静かにしてあげて。やっと苦しくない場所に行けるんだから。つらかったねえ。ごめんね、何にもできなくて。もう大丈夫。もう苦しくないからね」と声をかけました。
母も同じように病の床に就き、レタスの写真を見て過ごしました。
ある日猫の声を聞いた母は布団から起き出して、家の中に「キャベツの箱に入った猫と、『ひろってください』のメモ」を見つけます。「僕」も猫に近づきました。
父が顔を覗かせて「今度はキャベツか」と言います。名前が決まったと、「僕」と母は笑いました。
車椅子の母と父と僕とキャベツは、温泉地に旅行に行きます。手違いで宿泊予約をした旅館が満室で、「野宿はごめんだ」と言った父は旅館探しに奔走しました。「僕」も交代で走ります。
やっと見つけた旅館に泊まった宿で、母は「なかなかいい宿じゃない」「(食事)おいしいよ、いいよ」と言いました。
食後に母は「僕」に白い封筒を差し出して「これ、あなたに受け取ってほしいの。もしお母さんが」と言いかけますが、「僕」は遮って風呂に行きます。遺書みたいで受け取るのが嫌だったのです。
翌朝、海辺を車椅子の母と散歩した「僕」を、父が記念撮影しました。しかし父の手は細かく震えていて、撮った写真はブレていました。
母が病院で亡くなった時、父は臨終に立ち会わずに母の時計を直していました。「僕」はそれを責めて、それからは父とは会っていません。

【結】- 世界から猫が消えたならのあらすじ4

うたたねから目覚めた「僕」は、キャベツがいないことに気づいて雨の中を探しました。外を探しまわった後、キャベツが門柱にいるのを見つけた「僕」は優しく抱きしめ、郵便受けに彼女からの封書が入っているのを見つけます。
中には旅館で「僕」が受け取らなかった母からの手紙が入っていました。
『この手紙を書いている私は、もうすぐこの世界から消えてしまいます。
その前に、自分は何をしたいんだろうと考えました。旅行をしたい、おしゃれしたい、おいしいものを食べたい。そのうちに私は気づいたのです。
私が死ぬまでにしたいことは、全部あなたのためにしたいことだったのです。
ですが、私があなたにしてあげられることはもうありません。
なので、これからあなたの素敵なところを伝えることにしました。
あなたは、いつも私の味方でいてくれる。あなたは、周りの誰かのことを考えて行動できる。その可愛らしい寝顔。不安な時に、ついつい鼻を触ってしまう癖。
いつもすぐに悩んで考え込む。でも悩んで悩んで、最後には正しい答えを出すことができるあなた。
あなたの素敵なところ、これだけを忘れずに生きてください。それさえあればあなたも幸せだし、あなたの周りの人も、きっと幸せだと思うから。
いつまでもあなたの素敵なところが、そのままでありますように。』
キャベツをタオルでくるんだまま(タオルロールキャベツ?)手紙を読んだ「僕」は、決意します。
猫を消すということは、レタスと母と父とキャベツと自分の思い出を消すことになる…そう考えた僕は、悪魔に「ありがとう」と言って「猫は消さない」と告げました。
なぜ礼を言うのかと問う悪魔に「あなたのおかげで、この世界がかけがえのないものでできてるって知ったから」「死ぬのは怖いけど、僕は自分の寿命を知らされて、それを受け入れて死ねる。これって幸せなことなんだ」と「僕」は言います。
そして「僕」は気づいたのです。「悪魔」だと思っていたのは、悪魔ではなく「僕の中にいるもう1人の僕」で、「僕」はずっと「死を受け入れることのできない自分」と対話していたのだと。
…気づけば、電話も映画も時計も消えていませんでした。彼女(元カノ)とツタヤとの関係も健在です。
「僕」は父へ手紙をしたためると、早朝、前かごにその手紙とキャベツを入れ、自転車をこぎ始めました。
彼女は「僕」と別れてからも母と付き合いがあり、「僕」が困った時に渡してくれと手紙を託されていました。それを話した彼女は「あなたと会えてよかった」と「僕」に言います。
泣きじゃくるツタヤに「僕」は「何かいい物語があって、語る相手がいる限り、 人生捨てたもんじゃない(映画『海の上のピアニスト』)」と声をかけ、ツタヤは「映画は僕に親友をくれた」と返しました。
〝世界から僕が消えたなら、一体誰が悲しんでくれるだろうか。
叶えられなかった夢や思い、後悔がきっと沢山残るだろう。
だけど、いい。
少しだけ世界が変わっている、違っているはずだと信じたい。
それこそが、僕が生きて来た証。もがいて、悩んで、生きて来た証なのです。〟
僕はキャベツと共に、カモメ時計店に帰りました。
…レタスが死に、キャベツが現れた時の秘密。父がレタスそっくりの〝里親募集中〟のチラシを見つけて僕に渡し、「キャベツ」の段ボールを用意して家の中に置きました。箱の中の本物のキャベツ(野菜の方)は修理場に積み重ねています。
赤ん坊の「僕」を抱えて退院してきた母に、父がいつものように直した時計を渡すと、赤ん坊の「僕」に「生まれてきてくれてありがとう」と声をかけました。

みんなの感想

ライターの感想

原作よりも数段よかった!
原作では悪魔は悪魔のまま。映画版では「死を受け止められない自分」設定。これグッド。
原作では家族旅行の際、一家全員で写真を撮るが、映画では父がブレブレの写真を撮る。これもうまい。
そのぶん「キャベツがやってきた時のエピソードを盛り込む」なんて、にくい演出だ。(原作ではキャベツは母が拾ってくる)
CMでも流され、ポスターにもなっている「タオルかぶせたキャベツ(洗濯ばさみで留めてるバージョン)」、あれも出てきて嬉しい。
原作は…正直なところ「いまいち」だったのだけど、上手にエピソードや設定を加えて映像化している。

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