「桜の森の満開の下」のネタバレあらすじ結末

桜の森の満開の下の紹介:鈴鹿峠一帯を縄張りにした野卑で剛力な盗賊は、満開の桜の森だけは恐れていた。なぜなら人が狂うから…という坂口安吾の同名小説の映画化作品で、1975年に公開された日本映画。監督は「夜叉ヶ池」「悪霊島」の篠田正浩、共同脚本は「卑弥呼」の富岡多恵子。美術は「薔薇の葬列」の朝倉摂と「大魔神」の内藤昭、首造形は大角主計。音楽は「心中天網島」の武満徹。

桜の森の満開の下の主な出演者

山賊(若山富三郎)、女(岩下志麻)、足の不自由な女(伊佐山ひろ子)、旅人(滝田裕介)、女の亭主(西沢利明)、居酒屋の男(笑福亭仁鶴)、六条の姫君(丘淑美)、老人(加藤嘉)、乞食(浜村純)、検非違使(西村晃)、放免(常田富士男)など。

桜の森の満開の下のネタバレあらすじ

【起】- 桜の森の満開の下のあらすじ1

満開の山桜の森を一人歩く旅人が、突然何かに怯えて叫び、狂ったように走り出します。満開の桜の下を歩くと気が変になるという噂が広がり、人々はその道を避けるようになりました。

平安時代。峠の深い木立の中、山賊が都からの旅人を襲います。旅人は公家の夫婦ものとその召使で、山賊は一人ですが野卑で剛力の髭面で無骨な長刀を振りかざし、3人に迫ります。召使は怯えて着物や荷物を差し出しますが、亭主は垂衣の掛かった市女笠の女房をかばいます。
盗賊は2人を引きはがしその女房の垂衣をめくりますが、あまりの美しさに息を呑み、憑かれたように亭主と召使を切り殺し、女に向かって「おまえは今日から俺の女房だ」と言います。

が、女は亭主が死んだと知るや開き直り、山賊に向かって妖艶に微笑み「ならばおぶっておくれよ。こんな山道歩けるかい」と言い放ちます。山賊は一瞬唖然としますが、女を背負って山道を歩き始めます。人を負ぶって歩くには危険な道や険しい坂道でも、女は山賊を貶し煽てて、降りようとはしません。
満開になった山桜の谷を避け難儀な道を歩く山賊に女がわけを聞きます。あの桜の下を通ると気が変になる、風もないのにゴーゴーと音がするから怖いと言う山賊に、女はおまえは平気で人殺しをするのに木が怖いのかいと嘲ります。

山賊の住処は森の中の大きな山小屋でした。2人が到着すると中から薄汚れた6人の女と、水瓶を抱え片足を引きずった女がぞろりと現れ、空虚な眼で女を見つめています。
女はいきなり女たちを殺せと言い、山賊の眼を真正面から見据え、1人の女を指差します。
山賊は、言われるままに1人づつ女を追って殺しますが、女はぎらぎらとした目で楽しそうに見つめ、足の悪い女だけは、妾の女中に使うと言い出し残します。
その夜、山賊と女は結ばれますが、足の悪い女は意に介さず土間の隅で食事の仕込みをしています。 この映画を無料で観る

【承】- 桜の森の満開の下のあらすじ2

翌日から、山賊は野山を駆け回り、山暮らしでは贅沢な獣の肉を焼き、川に入って魚を取って甲斐甲斐しく働きますが、女は不満を並べ立て叱るばかりでした。やがて山賊は女の欲しがる化粧品や着物、装飾品などを次々と強奪するようになります。
女は供物に満足すると美しい着物をまとい妖艶な化粧をして山賊の前で歌謡を謡って舞い、山賊はそんな女に獣のようにまといつき戯れるのです。また女は山賊に指図して長いベンチのような胡床を作らせ、地べたに座らずその上で優雅に暮らすようになります。

やがて都の話ばかりする女の言葉に、山賊の心が揺らぎ始めます。彼は山では無敵で、人間は言うに及ばずどんな獣をも打ち負かしてきたという自信がありましたが、女の言う”都”に見劣りしているのではという漠然とした不安と興味を抱き始めたのです。
そして豪雪の冬、住処に閉じ込められた女は退屈し、都に行くことを急かしますが、山賊は桜が咲くまでダメだとはっきり断り、桜が咲いた事を自分が1人で行って確認したら都に行くと約束します。
春。山賊は1人で満開の桜の森を見に行き、旅の僧侶たちが錯乱する恐ろしい光景を目撃します。

【転】- 桜の森の満開の下のあらすじ3

3人は都の古屋敷で暮らし始めますが、山賊は都人にケダモノとバカにされ金の使い方も知りません。都の通りは人で溢れ、乞食も平民も商人も盗人もありませんでしたが、牛車に乗った公家や貴族は別格で群衆が開けた道を侍従を従え仰々しく通ることを知ります。また、その”高貴な人間”の首を、女が何より好んでいることを。

屋敷は寂れていましたが、襖には炎を履く鶏の地獄絵が描かれ、女は山賊が盗んだ金品で暮らし、盗んだ衣装や装飾品で着飾り、”首遊び”に興じる毎日を送っていました。屋敷の中は山賊が襲って取ってきた生首がそこかしこに置かれ、女はその首を使って貴族を演じ、あの首は誰と睦み合い、その首は誰と道ならぬ恋に堕ちているといった調子で、グロテスクなままごとのように時を忘れ狂笑し遊び興じていたのです。

ある日、町で白い装束の下っ端役人の捕物を目撃した山賊は、老人から、彼らは”放免”と呼ばれる人殺しや盗人で、放免される引換えに役人の手下となった人でなしの犬と蔑まれていることを聞きます。
また、足の悪い女は相変わらず女中として仕えていましたが、ここは食べ物も着る物もたくさんあって町の人々と喋ってるから飽きないよと明るく言います。おまえも喋ればいいのにという彼女に、山賊は、俺は喋れば喋るほど退屈だとこぼします。

女は次第にマニアックな首を求めるようになり、山賊は次第に嫌気がさしてきます。屋敷には、遊び飽きて溶け崩れ骸骨となった首がいくつも転がっています。ある日、女に次は白拍子の首を取って来いと言われ、ついに山賊はきりが無いから嫌だと言いますが、しぶしぶ出かけていきます。
山賊は、町で足の悪い女を見かけ、草むらで服を脱がせますが事には及ばず、おまえはあの女から逃げられないと言われます。

山賊はその日から都を彷徨い、腹を空かせた揚句、野菜売りからたった数個のみかんを盗み、放免に捕えられ、彼らの頭の検非違使から首切り魔の手下だろうと言われ拷問を受けますが、”手下”と言われたことに腹を立て堪え抜きます。その夜、監獄の窓から舞い込んだ桜の花びらを見て山の桜の森を思い浮かべている時、検非違使に放免になるなら命は助けてやると言われます。

放免となった山賊は、下級役人と放免たちと共に強欲な商人の捕物に行きますが、役人は商人から袖の下をくすねて解放し、その役人は放免に揺すられ金品を横取りされるのを見て嫌気がさし逃亡します。が、ほどなくして追手の放免たちと検非違使に囲まれ、俺は手下じゃない!俺様こそその首切りだ!と言い、検非違使の首を切り飛ばし、屋敷に帰ります。

屋敷では、女の様子が一変していました。帰らぬ山賊に捨てられたと思い怒り狂っていた女は、山賊を初めて明るく出迎え、自分が無理を言ったから申し訳なかったと言いながらしおらしく寄り添って酌をします。
が、山賊はじっと空を見つめ、山に帰ると言い出します。女が仕舞にはさめざめと泣き出しても、山賊は、俺は山でなければ暮らせない、山にはおまえの好きな首は無いし、おまえが都が好きなら仕方がないと言います。
けれど女は、おまえと離れては暮らせない、共に山に行くと言って微笑み、山賊は喜んで「山へ帰ろう!」と何度も言い、女を受け入れます。 この映画を無料で観る

【結】- 桜の森の満開の下のあらすじ4

山に発つ日、女は足の悪い女に小銭を渡し、山でずっと暮らすなんてとんでもない、すぐ連れ戻すから、留守を頼むと言いますが、1人になった足の悪い女はすぐに公家の若衆に囲まれ人込みへと消えていきます。
都を去る2人の側を、あの放免たちが奇妙な格好で引き回され嘲笑されています。屋敷には、鶏地獄の襖絵も骸骨もそのまま残されていました。

山に入った山賊は、本物の夫婦のように女を負ぶって歩きます。けれど今度は満開の桜の森を避けませんでした。優しいおまえと一緒なら、桜の道も怖くは無いと言うのです。
女は負ぶわれながら満開の桜を眺め、男は笑って歩きます。

が、いつしか会話が途絶え、女は妖しく微笑んだまま、そっと山賊の首に手を掛けます。
見ると女は白髪の醜い老婆に変わり、凄まじい力で山賊の首を締め上げ、振りほどこうと暴れても背中に取り憑いて離れません。
桜吹雪が舞い散る中、山賊は苦悶して暴れ回り、老婆となった女を振り落して馬乗りになり、その首を締め上げました。

ふと気づくと、地べたには女が妖艶な微笑をたたえたまま横たわり息絶えていました。山賊は慟哭し、桜を見上げ再び目を落とすと、女の身体は桜の花びらに埋め尽くされ、その美しい顔だけが能面のように残されていました。
「触らないで!」…山賊は、女の声を聞きますが、愛おしそうにその顔の花びらをそっと取り除くうち、女は掻き消えてしまいます。
地べたを埋め尽くす桜の花びらを狂ったように掻き分ける山賊の姿もやがて消えていきます。
後にはただ深々とした静寂と、はらはらと花びらを散らす、満開の桜の森が広がっていました。



特記事項:
1、一部の差別的表現に関しては、時代背景なども鑑み、本作どおりとさせていただきました。
2、作品の時代には近代の華やかなソメイヨシノは存在せず、本作の見事な山桜は奈良吉野山などで撮影されたそうです。
3、都で3人が暮らす古屋敷の襖に描かれた炎を吐く鶏の地獄絵「鶏地獄」は、生前動物を苛めた者が堕ちる地獄を描いたものだそうです。
4、女の舞は仏教歌謡「仏は常にいませども 現ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見え給ふ」(凡夫は仏を目の当たりに拝することはできないが、仏は常任不滅で、一心不乱に祈れば、夢の中に姿をお見せになる)だとか。

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