「桜田門外ノ変」のネタバレあらすじ結末

桜田門外ノ変の紹介:2010年公開の日本映画。『男たちの大和/YAMATO』の佐藤純彌・監督が、吉村昭の同名小説を原作に、大沢たかおを主役に据えて描いた時代劇。歴史に残る「桜田門外の変」を、水戸藩士の目線から描く。

予告動画

桜田門外ノ変の主な出演者

関鉄之介(大沢たかお)、関ふさ(長谷川京子)、金子孫二郎(柄本明)、高橋多一郎(生瀬勝久)、岡部三十郎(渡辺裕之)、有村次左衛門(坂東巳之助)、高橋荘左衛門(須賀健太)、関誠一郎(加藤清史郎)、いの(中村ゆり)、野村常之介(西村雅彦)、徳川斉昭(北大路欣也)、井伊直弼(伊武雅刀)

桜田門外ノ変のネタバレあらすじ

【起】- 桜田門外ノ変のあらすじ1

江戸時代の末期、日本は激動の時代でした。
同じ頃、隣国の清国はイギリス軍によって占領されようとしていました。イギリス軍は沿岸部の主要都市を占領し、アヘン貿易で清国を弱らせます。そして北京占領により、アヘン戦争はイギリスの勝利となります。
これを見たアメリカは、(清国同様に日本もイギリスに取られてはならぬと考えて)日本国へ積極的に接触することにしました。清国と貿易をしていたアメリカにとって、日本はちょうどよい燃料(石炭)の中継地点だったのです。
安政元年(1854年)ペリーが浦賀に来航し、江戸幕府に開国を要求しました。
幕府では二つの意見に分かれます。

【承】- 桜田門外ノ変のあらすじ2

鎖国の門戸を開こうと考えたのは、井伊直弼ら譜代大名です。それに対し、尊王攘夷論(朝廷を擁して諸外国を退けようとする考え)を押し出した水戸藩主・徳川斉昭の二つの考えで、当時の日本は内憂外患(国内でも国外でも揉めている状態)でした。
幕末期の江戸幕府において井伊直弼が大老に出世してから〝安政の大獄〟が始まります。直弼は開国を強力に押し進め、反対する一派を弾圧しました。長州藩の吉田松陰はじめ数名を死罪に追いやり、水戸藩藩主・徳川斉昭は永蟄居(謹慎)を言い渡されます。
これに対して、不満に思った水戸藩の藩士は、直弼を暗殺しようと計画しました。南郡奉行の金子が立案し、同意する藩士がひそかに集います。

【転】- 桜田門外ノ変のあらすじ3

藩に迷惑をかけまいと脱藩した水戸脱藩士17名と、薩摩藩士1名の合計18名が集結し、安政7年(1860年)3月3日を決行日としました。
金子は関鉄之介に部隊の指揮を命じます。鉄之介は水戸藩に妻・ふさと幼い息子・誠一郎を残して出奔していました。
3月3日早朝、雪の舞う中、品川愛宕山に集結した鉄之介らは、襲撃地点を桜田門前の橋にさしかかったところと決め、向かいます。
直弼の行列が桜田門に至った瞬間に、襲撃者の一人が直訴状を差し出すふりをして行列に斬りかかりました。それを皮切りに斬り合いが始まります。
唯一の薩摩藩士・有村が駕籠から直弼をひきずりだし、首を刎ねました。これが〝桜田門外の変〟です。

【結】- 桜田門外ノ変のあらすじ4

計画では同時に薩摩藩が挙兵して京都を制圧し、朝廷を幕府から守る予定でしたが、薩摩藩内で挙兵慎重論が持ち上がり瓦解します。
直弼殺害の実行犯である鉄之介たちは西へ逃げますが、身を寄せる場所がありません。
幕府だけではなく同胞である水戸藩士からも追われる鉄之介は、身を隠しながら逃亡しますが、実行部隊は次々に捕まり、処刑や処分を受けます。
最後に残った鉄之介も水戸藩の者に捕まり、桜田門外の変から2年後の6月8日斬首されました。鉄之介は「幕府が倒れた際、水戸はどうするのか」と問いながら、妻子を思いつつ死にます。
…明治元年、西郷吉之助(後の隆盛)は桜田門を見て「ここから始まった」と言いました。

みんなの感想

映画の感想を投稿する

映画「桜田門外ノ変」の商品はこちら