「海賊とよばれた男」のネタバレあらすじ結末

海賊とよばれた男の紹介:2016年公開の日本映画。明治、大正、昭和という激動の時代を舞台に、大胆な発想や行動力で大事業を成し遂げていく男の姿を描いた、実話がベースの百田尚樹の小説を岡田准一主演で映画化。『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズの山崎貴監督が、それぞれの時代をリアルに映し出す。

予告動画

海賊とよばれた男の主な出演者

国岡鐵造(岡田准一)、国岡ユキ(綾瀬はるか)、東雲忠司(吉岡秀隆)、長谷部喜雄(染谷将太)、武知甲太郎(鈴木亮平)、柏井耕一(野間口徹)、藤本壮平(ピエール瀧)、甲賀治作(小林薫)、国岡万亀男(光石研)、盛田辰郎(堤真一)、木田章太郎(近藤正臣)、鳥川卓巳(國村隼)、小川初美(黒木華)、小松保男(須田邦裕)、黒川(飯田基祐)、大崎(矢島健一)、小田(小林隆)、榎本誠(浅野和之)

海賊とよばれた男のネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

①若くして国岡商店を興した鐵造は、小さな商店時代からアイデアを出して店を成長させていく。次々に起こる苦難を、その都度独自の方法で乗りきった。 ②石統、メジャー石油会社と渡り合い、戦後は自社タンカー〝日承丸〟を保有。鐵造は98歳で生涯を終えた。

【起】- 海賊とよばれた男のあらすじ1

〝Inspired by true events〟(実際の話に基づく)

第二次世界大戦末期。
東京はB29の攻撃を受け、一面の焼け野原となっていました。
燃える町を見る国岡鐵造(くにおか てつぞう)は、なすすべもなく燃える町を見るしかありませんでした。

〔1945年8月17日 鐵造 60歳〕
終戦を告げられて2日後。角地にある国岡商店の店員たちは、不安でした。
しかしその前に現れた鐵造は、まずは皆が無事でいたことをねぎらうと「この国は必ず立ち直る。今後日本には石油が必要になる。ひとりもクビにはせん」と断言します。
設立当初から在籍し、今では役員となった甲賀治作と柏井耕一は渋面を作りました。店員全員に払う給料を捻出するのは、困難でした。
その2人を叱責した鐵造は「仕事はないというものではなく、作るものじゃ」と言い、「どうしようもならなくなったら、皆で乞食になろう」と言います。
恩人の木田章太郎と、戦争で若くして散った長谷部喜雄の写真を見た鐵造は気持ちを振るい立たせ、店主みずから石統に足を運びます。

石油配給統制会社。通称:石統(せきとう)。
鳥川卓巳は過去の因縁から(詳しくは後述)、鐵造にいい顔をしませんでした。「あんたのところはもう国内で石油を扱えない」と言いますが、鐵造は頭を下げます。
では石統に加入だけでもさせてくれと鐵造が頼みますが、断られました。
帰宅した鐵造を迎えたのは、妻・多津子と3人の子どもたちです。
惜しがる鐵造は、過去に思いを馳せました…。

〔1912年(大正元年) 鐵造 27歳〕
鐵造は山口県下関市で、独立して起業したばかりでした。仕入れ担当者に営業をかけますが、「安かろう悪かろう」と罵倒されます。
別の者は、露骨に袖の下(わいろ)を要求しました。門前払いは当たり前です。
当時はまだ安い石炭が主流でしたが、鐵造は将来的には石油の時代が到来すると確信していました。
スポンサーである老人・木田は「金を貸したつもりはない。あげたんや」と言い、長い目で見てくれます。
「駄目やったら、2人で、乞食にでもなろか」
戦後に役員の2人に漏らした「乞食にでもなろう」という言葉は、木田から受けた言葉でした。
どうすればよいか海を見ながら考えた鐵造は、いろんなアイデアを出します。

まず出したのは、焼き玉エンジンに軽油を使うという案です。
ポンポン船のエンジンである焼き玉エンジンは、それまでは灯油でしか動かないと思われていました。
ところが鐵造は、灯油と軽油の化学式が似ていることに気付き、軽油で代用できると気付いたのです。
次に思いついたのは、舟を出してポンポン船に売りつけに行く方法でした。
そうすることにより、買う側も店頭まで足を運ぶ労力もなく、売値を下げることができます。さらに下関でも門司でも舟を繰り出せば、商売ができます。

舟を出して海の上まで売りつけに行く鐵造のことを、周囲は皆「海賊」と呼びました。
しかし鐵造の商法は成功します。
漁師の下っ端をしていた長谷部喜雄は、そんな鐵造を面白いと思って、雇ってほしいと言いました。店の前でためらっていた東雲忠司を連れて、店内に入っていきます。
最初は3人乗りだった売りこみの舟は、2隻、3隻と増え、やがてエンジンを搭載した船と変化しました。
縄張りを荒らす輩だと怒った下関の清水屋が、売りに行かせまいと海で待ちかまえていたこともありましたが、構わず突破して売りに行きます。
それを見て周囲はますます鐵造のことを、海賊と呼ぶのでした。

鐵造に兄・万亀男から縁談が持ち込まれます。
築上(ちくじょう)郡の庄屋の娘で、6人兄弟の3番目の19歳の娘・ユキとの話がまとまります。
所帯を持つことに不安を覚えた鐵造に、恩人の木田は苦労を一緒に背負う人が来てくれればいいが、男の方も覚悟を決めねばならないと言います。
ユキのためにも商売を成功させよう、そう鐵造は強く思いました。
当時、店の2階で寝起きする住み込みの若い男たちがおり、ユキが作るご飯は公表を博しました。
店員が8人になった国岡商店は、ユキとの結婚記念にと、鐵造夫妻をまじえて写真を撮影します。

〔1945年 銀座 鐵造 60歳〕
再び終戦直後の話。
石統の鳥川の言う通り、石油の仕事がありませんでした。
その鐵造の元を、元海軍の藤本が訪ねてきます。
藤本は、壊れたラジオを修理しないかと言いました。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のお墨付きであり、今は石油の仕事がありません。
鐵造はラジオ部を作り藤本を部長に据えて、柏井をサポートにつけて商売を開始します。
200万台の壊れたラジオを200人で修理するという作業は無理だろうと、銀行の融資課の者に軒並み断られました。
融資は受けられないと諦めかける藤本に、鐵造は「なぜ融資を受けられないのか、熱が足りないのだ」と珍しく声を荒らげます。それだけ藤本を見込んでいるのです。

【承】- 海賊とよばれた男のあらすじ2

柏井が「大事なのは説得力だ」とアドバイスしました。
藤本は「修理にかかる時間は1台につき15分にも満たない」と言い、だから200人でも対応できるのだと説明しました。
説明だけでは足りないので、実際に銀行員の前でラジオを修理してみせます。
あっという間に修理が終わったので、銀行員も目を丸くしました。融資を受けることができ、石油業務がない国岡商店を支えます。

戦争に行っていた復員兵が、船で帰ってきました。東雲、小松、渡辺、太田たちが復員第1兵として戻ってきます。
東雲らは国岡商店の店舗が残っているのを見て、喜びました。
その頃、東京・日比谷にあるGHQ本部のダニエル・ミラーは、石統の鳥川に石油を出し渋っています。
旧海軍のタンクにまだ石油が残っているだろう、だから日本国にまだ供与できないと言うのです。
確かにタンクに石油は残っていました。しかしそれは海軍が汲み出しをあきらめた、いわくつきの(困難を極める)石油なのです。
困ったと思った鳥川は、嫌がらせのために鐵造のところへ話を持ち込みました。鐵造は引き受けます。

横浜、旧海軍タンク。
3人がかりで井戸くらいの大きさの蓋を開け、人足(にんそく 日雇労働者)がおりてみると、タンクの底には確かに油がありました。
但し泥と雨水が大量に混ざっており、汲み出すのも大変です。油なので電気を使うわけにもいきません(引火するおそれがある)。
きつい仕事に、人足も嫌って集まりませんでした。
担当を任された東雲は、最初は撤退を判断します。GHQが無理難題を押し付けたのを、石統の鳥川が丸投げしてきたことに気付いたのです。
しかし鐵造は続投を告げました。
東雲たちは覚悟を決め、バケツリレーで汲み出しを始めます。
視察に現れた鐵造も手伝うと言いました。背広が汚れると辞退する東雲らに対し、鐵造は「背広は洗えば綺麗になる」と言い、一緒になって作業を行ないます。

この作業は1年以上かかりました。
1年後の1947年。
実際に鐵造らが作業を始めたと知った石統の鳥川は「社員に人足までやらせるとは、そんなに金が欲しいのか」と皮肉を込めますが、鐵造は「金のためじゃない。人足も逃げ出す仕事なので、社員がやっているのだ」と力説します。
それを見たGHQの通訳員・武知甲太郎が鐵造に惚れこみ、店員にしてくれと店に来ました。
武知は石統の秘密をもたらします。戦後にできる石油取り扱い要領に、〝内地に本社を有したる引き揚げ業者は認めない〟という、国岡商店を潰すような一文が入っているというのです。
武知はGHQに働きかけ、鳥川はGHQのダニエルから石油取り扱い要領を突き返されました。
一方でダニエルは、なぜそこまで国岡商店が石統から嫌われているのか、不思議に思います。武知は、働き過ぎたからだと答えました。
ダニエルが国岡を後押ししたのには、理由がありました。
横浜の旧海軍タンクの汲み上げ作業を見に行ったダニエルは、そこで店員と一丸となって服を汚して働く店主・鐵造の姿を見たからでした。
そんな人物を、今潰すのは得策ではないと思ったのです。

石油の輸入再開に伴って、石統の廃止は時間の問題でした。
石統が廃止されるからといって、国岡商店にとっていいともかぎりません。外国のメジャーどころの会社が参入するからです。
過去の戦争時代にも、外国のメジャー会社と戦ったことを、鐵造は思い出しました…。

〔1917年12月 満州 鐵造 32歳〕
日本は中国大陸を戦争で勝ちぬき、満州(中国東北部)を占領地としていました。満州鉄道を敷いています。
この満州鉄道に、国岡商店は売りこみに行きました。しかし既にメジャーが参入しており、食い込めそうにありません。
鐵造は長谷部を同行して現地の満州に行くと、鉄道員に接触しました。どういう油が優れているか聞きます。
冬場は何もかも凍ると聞き、また実際に目の前に出された大福が凍っているのを見た鐵造は、帰国すると「零下20度にも耐えられる油を作れ」と言います。
ナフテン酸系の油は寒さに強いと分析し、寒さに耐えられる油を作りました。

ところで当時の鐵造は仕事に必死になるあまり、ユキをないがしろにしてしまっていました。
兄の万亀男からは「そろそろ跡取りを」と催促されているのですが、ユキとの時間を設けずにいました。代わりに、店員が子どものようなものだと豪語します。
ユキは寂しく思っていましたが、鐵造には告げずにいます。

【転】- 海賊とよばれた男のあらすじ3

寒さに強い油を作って満州・大連に向かった鐵造と長谷部は、大連にある満州鉄道の本社にかけあって「メジャーのは凍って車軸が焼きつく。最悪の場合、火事になる」と指摘しました。
それを裏付けるように、貨車火災が起きます。

鐵造は呼ばれ、各メジャーと共に機関車を使って実験が行なわれました。車両ごとに油をかえ、走らせて試すのです。
走行して戻ってきた機関車の、パシフィックス、スカイラー、ロイヤルウォーター、すべての車軸は焼けついていました。ところが国岡商店の車両の車軸は無事でした。
これにより国岡の商品は優秀だと証明はできましたが、大手メジャーには悪印象を与えます。
メジャーはもし国岡商品のものを使うなら、全ての取引をやめると満州鉄道に圧力をかけました。歯噛みしながら鐵造は帰国します。
日本へ帰るとユキがいませんでした。代わりに兄・万亀男が鐵造を待っていました。
ユキは里帰りしていたのです。
なぜ帰したと鐵造は万亀男を詰問しますが、万亀男は「これはユキの考えだ」と言うと、手紙を差し出しました。
手紙には、結婚は失敗だったこと、寂しい思いをユキが抱えていたこと、子どもがいれば変わっていただろうが、それを鐵造が望まなかったために孤独が募ったと書かれていました。
仕事に邁進すれば妻を守れると思っていた鐵造は、仕事に奔走するがゆえにユキに孤独を感じさせていたのだと、反省して涙をこぼします。

〝この後、国岡商店は大陸に販路を拡げ
目覚ましい発展を遂げた。〟

1941年12月、太平洋戦争が勃発します。

〔1942年 陸軍省 鐵造 57歳〕
南方(東南アジア)で発掘する計画を提出させた陸軍の中原は、鐵造を呼び出して石統が提出した『南方石油政策』を見せます。
石統が提出した政策プランは、石統の役員クラスのメンバーを大勢東南アジアに派遣させるというものでした。戦後も居座って、金儲けをするつもりだという魂胆が透けて見えます。
それを指摘した鐵造は、「石統の10分の1くらいでいけます」と答えました。中原が1か月以内にできるかと聞くと、1週間もあればと言います。
陸軍の中原は石統を蹴り、国岡商店を選びました。これが決定的に、鳥川に悪印象を与えます。

〔1945年春 鐵造 60歳〕
終戦の直前の話です。長谷部が南方石油を担当し、現地と日本とを行き来していました。
順調だと告げた長谷部は、陸軍の輸送機に乗って、すぐまた現地に戻ると鐵造に告げます。
その輸送機が、敵国の機銃に狙われました。輸送機が弾を浴び、装甲を突き破って長谷部の腹に被弾します。
輸送機は空中で爆発炎上し、墜落しました。
長谷部の死を知った鐵造は、嗚咽を漏らします。あと何カ月かすれば終戦というところでした。

〔1947年 鐵造 62歳〕
…再び戦後の話。
横浜のタンクから油を汲み出した国岡商店は、石油販売指定会社に認定されました。
石油の商いに戻れると、鐵造は喜びます。
その頃、パシフィックスから提携の話が持ち込まれました。
ところが聞いてみると、「国岡の自社株50%を譲渡し、役員数名がパシフィックスから送りこまれる」という、提携というよりは買収同然の内容でした。
戦争に負けたから仕方のないことですが、鐵造にその話を持ってきた相手・ディクソンは、満州鉄道の車軸の争いの時、苦汁を舐めた相手でした。私怨もあるのです。

しかしほかに方法はありません。
他社は圧倒的に不利な条件で「提携(買収)」をし、大手どころは全社、屈服しました。
この頃には、鳥川は鐵造のことを「敵ながらあっぱれ」と思っています。同じ日本人として、頑張ってほしいという思いもありました。
何か方法がないかと模索する鐵造に、鳥川が「海賊」という懐かしい言葉を向けます。
その言葉を聞いた鐵造は、その手があったかと思いました。

3年後、1951年。
鳥川の言葉をヒントにした鐵造は、若かりし頃のように「船」を持ちました。〝日承丸〟です。
あの頃と違うのは規模でした。〝日承丸〟はタンカーで、自社船を保有することで、世界のどこへでも買いつけに回ったのです。
国岡商店は仕入れのルートを、自分で得たのでした。

メジャーは本気で国岡商店を潰しにかかります。
当時はアメリカに買いつけに行っていました。メジャーはまずアメリカ現地の油田に圧力をかけ、続いて日本の銀行に取引停止をするよう指示します。
今回はさすがに鐵造も窮地に追いやられました。仕事がなくなり、店員は自宅待機です。

【結】- 海賊とよばれた男のあらすじ4

石油の供給先をすべて失った日、鐵造は決意しました。
まだメジャーの息がかかっていない、イランとの取引を開始しようと思ったのです。

しかしこれは危険な賭けでした。
イランは大英帝国…つまりイギリスの占領地下から独立して、日が浅いのです。
そこへ買いつけに行くというのは、つまりはイギリスに喧嘩を売るのと同じことでした。拿捕される可能性、最悪の場合だと撃沈されてもおかしくないのです。
昔からの事情を知る東雲は思わず「第二、第三のハセ(長谷部のこと)を生むのか。だいたい、店主は戦争に行っていない」と声をあげ、甲賀に平手打ちされる一幕がありました。
言い過ぎたと思う東雲ですが、鐵造は「この会社はずっと博打をうってきた」と答えます。
〝日承丸〟の船長・盛田辰郎にイランのアバダンへ行ってくれと、鐵造みずから頼みました。盛田船長はふたつ返事で引き受けます。

出航を見送る鐵造は、それでもやはり長谷部のことを思い出し、思わず車から降りて出航する船を追いました。去る船を見送りつつ、もし〝日承丸〟が戻って来なければ、自分も死をと覚悟し、東雲に漏らします。
出航後、盛田船長はイランのアバダン行きを船内無線で船員に知らせました。鐵造の言葉を読み上げた後、「これから戦場に向かうことになる」と付け足します。
皆もちろん危険性は理解しましたが、一丸となってがんばろうと、社歌を熱唱しました。

〔イラン アルバンド川 河口〕
イランに入国すると、現地の人たちは歓迎ムードです。
イランもずっとイギリスの占領地下にあり、搾取され続けていました。日本との取引は、イランにとっては朗報なのです。
鐵造のところへ記者が取材に来ました。それを受けた鐵造は、これでイギリスも国岡商店のタンカーがイランに入国したことを知ったと思います。

給油して帰国の途にある〝日承丸〟にとって、最大の難関はシンガポールでした。そこには英国軍が駐留しているからです。
念のため大きく迂回し、沈められた戦艦がうようよある地域を通航した〝日承丸〟でしたが、危険水域を脱した直後、最新のフリゲート艦が〝日承丸〟を見つけました。
英国から、停船命令が出されます。

盛田船長はそれに対し、停船せずに突っ込む決断をしました。(若かりし頃の鐵造が、船での営業を海上で阻まれた時と同じ決断)
モールス信号の電文で『日本もイランも正式な独立国である。英国がその二国間の貿易に介入するのは、全くの筋違いである。貴船が武力を行使するならば、当方にはその事実を世界に向かって公表する用意がある』と打った〝日承丸〟に、フリゲート艦はすれ違うのみで何も仕掛けてきませんでした。
〝日承丸〟は、川崎の油槽所に帰港します。その知らせを受けたかつての石統の鳥川は、感慨深い表情を浮かべました。
帰港した船長らは、「国岡のもんよ。油持ってきたけ」と声をそろえて言います。それは、まだ鐵造たちが駆け出しの頃、油を売り出しに行っては口にしていた言葉でした。

〝数カ月後、イランではクーデターが発生。
国岡に協力的だったモサデク政権が倒された。
この政権崩壊は、CIAが演出したと言われている。
(国岡つぶしの、アメリカ側の圧力がかけられたということ。それだけではないだろうが)

エネルギーをめぐる争いは今なお、世界のどこかで続いている。〟


〔1981年 鐵造 96歳〕
老いて車椅子の世話になる鐵造のところへ、女性・小川初美がやってきます。
初美は、先日他界した大叔母の遺品の話をし、ぜひとも見てもらいたいものがあると言いました。遺品は、国岡商店絡みのものばかりでした。
大叔母の名を鐵造が問うと、ユキと答えます。

ユキはその後、所帯を持っていませんでした。やはり出て行ったのではなく、身を引いたのです。
ユキ自身は独身を貫きましたが、その後も鐵造のことを気にかけていました。
鐵造に後継ぎが出来た時には、手放しで喜んでいたと初美は言います。初美は折に触れ、ユキに幼少期から国岡商店の話を聞かされたそうです。
最後は群馬の老人ホームにいたと聞いた鐵造は、そんな近くにいたのかと涙にむせびました。

今夜が峠だと言い渡された鐵造のベッドには、家族が集まっていました。ひとりの少年は〝日承丸〟の模型を熱心に見ています。
夜半、社歌を思い出しつつ、鐵造の頭は若かりし頃の船に乗っていた時代に戻っていました。
そこには仲間と共に、船に乗るはずのないユキの姿もありました。
ユキと仲間たちを乗せた船は、笑い声が絶えないまま海を突き進んでいきます…。

みんなの感想

ライターの感想

一大スペクタクル映画、という感じ。まあ2時間半もあるので、やはり要所要所でクライマックスがある。
基本的には戦後すぐのところから話がスタート。そして時折、過去への回想シーンに話が戻る、というスタイル。
時系列はあちこちに移動するのだが、そんなに鬱陶しくない。
役者陣がとにかく豪華。主役を張れるだろう役者が、惜しみなく脇役で使われている。
一定の年齢以上の方ならば、全く予備知識がなくとも「あ、これ、出光?」と判る。
とにかく熱い映画。但し2時間半は長すぎる。ほんとはテレビドラマにした方がよかっただろうな、とは思う。

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