「夢」のネタバレあらすじ結末

夢の紹介:黒澤明監督の晩年の作品で、幼い自分から壮年の自分が見た夢を美しく壮大な風景で描いた、1990年公開の日米合作のオムニバス・ファンタジー映画。監督/脚本は黒澤明、演出補佐は「ゴジラ」で知られる本多猪四郎。「日照り雨」「赤冨士」の視覚効果はILM。音楽は「影武者」の池辺晋一郎。

予告動画

夢の主な出演者

幼い私(中野聡彦)、その母(倍賞美津子)、少年の私(伊崎充則)、姉(鈴木美恵)、桃の若木の精(建みさと)、青年から壮年の私(寺尾聰)、雪女(原田美枝子)、野口一等兵(頭師佳孝)、ゴッホ(マーティン・スコセッシ)、「赤富士」の男(井川比佐志)、「赤富士」の女(根岸季衣)、鬼(いかりや長介)、水車村の老人(笠智衆)、雛人形/第三小隊など(二十騎の会)、狐の花嫁行列/葬列の踊り子(舞踊集団菊の会)など。

夢のネタバレあらすじ

【起】- 夢のあらすじ1

「こんな夢を見た」~日照り雨~
晴れたある日、立派な門構えのお屋敷に住む、絣の着物に丸坊主の幼い私が、外に出た途端、どしゃ降りの雨になりますが陽は照ったままです。
慌てて縁台の梅干を片づけていた母親は、こんな日には狐の嫁入りがある、狐はそれを見られるのを嫌がるから、見ると怖い目に合うと忠告して家に入って行きました。私はそれでも雨音が笹の葉を叩く森の中に入って行きます。
やがて森の奥から白い靄が立ち昇り、苔むした大きな灯篭がある1本道に、笙や太鼓の音とともに花嫁行列が現れます。その人々は人の体に狐の顔で、提灯を先頭に白無垢の花嫁と裃の婿殿、羽織袴の侍従がその後に続き、時々止まってあたりを見まわし、しずしずと進んでいきます。木の陰からその様子を見ていた私は見つかってしまい、家に逃げ帰ります。
が、雨が上がった門の前には厳しい顔の母親がいて、おまえは見てはいけないものを見た、そんな子は家に入れられない、さっき怒った狐が来てこれを置いて行った、腹を切って謝れと言う事だと話し、小刀を差し出します。私がそれを受け取ると、母は、これを持って狐の所に行き、手をついて一生懸命謝りなさい、並大抵のことでは許されないが、出来なければ家には入れられないと門を閉めようとします。そして、狐の家がわからないと言う私に、こんな日には虹が出る、狐の家はその虹のふもとだと話し、門を閉ざしてしまいます。
私は小刀を持って、山間にある花が咲き乱れる野原にかかった虹に向かって歩いて行きます。

「こんな夢を見た」~桃畑~
立派な雛飾りの前でお茶会をしている振袖の少女たちに、紺絣の着物を着た少年の私がお団子を持って行きます。が、団子は6個、人数は5人で数が合わず、姉に聞くと始めから5人だと言われます。が、私は、床の間の梅の木の鉢の前や土間の入り口で少女を見て、姉が止めるのも聞かず、森の中へと追っていきます。少女はコロコロと可愛い鈴の音を鳴らしながら、かつてたくさんの桃の木が植えられていた段々畑に逃げ込みます。
が、そこで突然、白塗りの仕丁姿の大人たちが立ち塞がり、見ると一番上の段には何組かのお内裏様たちがいて「おまえに言いたいことがある!」と怒っていました。
彼らは、私の家の者が桃畑の桃をみんな切ってしまったから、おまえの家にはもう行かない、雛祭りは桃の木の桃の精のお祭りで、桃も無いのに雛祭りとは何たること、切られた桃の木ははみな泣いていると言うのです。
私が泣きだすと女雛の1人がこの子は木が切られる時、切ってはダメだと泣いてくれたとかばいますが、皆は桃が食べられなくなるからだと笑います。が、私は怒って「この桃畑が好きだから、もう見られなくなると思って哀しくて泣いたんだ!」と泣きじゃくります。
それを見た男雛は、「この子は良い子だ。この子にもう一度、この桃畑の花盛りを見せてやろう」と言い、一同は笙や笛太鼓を奏で、舞いを舞い、やがて桃の花びらが舞い、満開の梅畑に姿を変えていきます。
その光景に魅入っていた私は、あの少女を見かけて後を追いますが、気づくとそこには無残に切られた桃の木の根だけが並んでいて、中に1本だけ梅の若木が取り残され満開の花を懸命に咲かせていました。私はその若木の傍らに立ち、鈴の音を聞き唇を噛みしめます。 この映画を無料で観る

【承】- 夢のあらすじ2

「こんな夢を見た」~雪あらし~
極寒の雪山を、疲れ果てた自分と3人の男たちがよろよろと歩いています。時折大砲のような音がして巨大な雪崩が発生し、息はゼイゼイと荒く泣いているようにも聞こえます。
あたりはすぐに暗くなり3人は絶望しますが、私はキャンプまではもう少しだ!と励まします。が、すぐに吹雪となり、3人はこの吹雪はもう止まない、俺たちが死ぬのを待ってるんだ!と叫び座り込んでしまいます。そのうち3人は誰か来る!と叫んで倒れ込み、幻覚だと揺すっても返事は無く、やがて私も雪の中に倒れてしまいます。
ほどなくして私は、自分にショールをかける女に気づきます。女は息を呑むほど美しく「雪は暖かい、氷は熱い」と呟き、次々とショールをかけては子供を寝かしつけるようにポンポンと優しく叩きます。女は、それでも寝ようとしない私を押し倒しますが、やがて般若の顔となり、空へと消えていきます。
やがて吹雪は止み、雲間から山頂が見え、目の前にはためくキャンプの旗とテントを発見します。「見ろ!キャンプだ!」と叫ぶと仲間たちも次々と起きて歓声を上げキャンプへと歩いて行きます。

「こんな夢を見た」~トンネル~
敗戦後、復員した私が山間の峠にあるトンネルに差し掛かると、中から出てきた血塗れで手榴弾を背負わされた犬に吠えかかられます。
私は犬を避けてトンネルに入りますが、靴音は奇妙に響き、抜けた時にはなぜか日が落ち薄暗くなっています。すると中から野口一等兵が白い顔で現れ、生前と同じくきちんとした所作で、中隊長殿と呼び、自分は除隊になって家に帰って母親にぼた餅を食わせてもらった、本当に戦死したのか?と訊ねます。それは被弾して気を失った野口の夢で、彼はそれを介抱していた私に語った5分後、死亡したのです。
そう言うと彼は了解しますが、両親はまだ自分が死んだと思ってない、そして山肌の灯りを指差し、あれが自分の家だ、両親はあの家で自分の帰りを待ってると声を震わせます。が、今一度彼の臨終の様子を話すと、再び捧げ銃をし、肩を落としてトンネルへと戻って行きます。
が、間もなく大勢の軍靴の音が響き、第三小隊の一群が現れます。小隊長は日本刀を抜き「中隊長殿に敬礼!捧げ銃!」と号令をかけ「第三小隊、ただ今戻りました!全員異常無し!」と報告しますが、彼らもまた白い顔です。
私は再び声を張り、おまえたちの気持ちはよくわかる、しかし第三小隊は全滅したと話し「すまん、生き残ったわしは、おまえたちに合わす顔も無い」と頭を垂れ謝罪します。また、自分は己の非を認めぬ卑怯者ではないが、抑留生活で死ぬ苦しみを味わった、わしはお前たちと一緒に死にたかった、この気持ちを信じてくれ、戦士とはいえ犬死だ、無念の気持ちはよく解る、しかし帰って静かに眠ってくれと語り、微動だにせず聞いていた彼らに、渾身の「回れ右!前へ進め!」の号令をかけます。彼らは再び軍靴の音を響かせ、ラッパの音と共にトンネルへと歩き去って行きました。
彼らを敬礼で見送った私はがっくりと膝をつきうなだれますが、中からあの血塗れの犬が出てきて、彼に吠えかかります。

「こんな夢を見た」~鴉~
キャンバスを抱えた私は、ゴッホの展覧会を見ていた時、現実化した「跳ね橋」の中へと入って行き、洗濯女たちにフランス語でゴッホの家を聞きます。女たちは、精神病院から帰ったばかりだから気をつけなと笑っていました。
私はゴッホの絵の風景を歩き、収穫の終わった麦畑で、一心不乱に風景を描いている両耳に白布を巻いた彼を見つけ「ゴッホさんですか?」と話しかけます。彼は軽くうなずき、「なぜ描かないんだ?素晴らしい風景だ」と話しかけてきます。そして、”絵になる風景”を探すなと言い、自然を貪り食べ待っていると絵は出来上がって現れるんだと語ります。ただ、それを捉えておくのが難しいと。
その方法とは、しゃにむに機関車のように働く事だと言い、再び絵に没頭し始めますが、間もなく「絵を描く時間は残り少ない、急がねば」と言い、耳のケガは「上手く描けないから切り捨てた」、また、「太陽が絵をかけと脅迫する」と言い残し、消えてしまいます。
私はゴッホを探し、彼の描く狂ったような太陽の下を彷徨います。タッチはやがて独特の曲線へと変わり、私は「糸杉」の下を走り「道路を直す人」の街路を歩きます。
やがて枯れ果てた麦畑の道を歩くゴッホの後姿を見つけ追おうとしますが、地平の向こうからカラスの群れが現れ、その光景は「カラスのいる麦畑」そのものへと変わり、気づくとその絵の正面に立っていて、機関車の汽笛を聞いていました。

【転】- 夢のあらすじ3

「こんな夢を見た」~赤富士~
私は、大きな荷物を背負い逃げ惑う大群衆の中を、戸惑いながら進んでいます。見ると富士山が赤黒く染まり、いくつもの火柱と噴煙を噴き上げていて、思わず大変だ!と呟きます。けれどそれを聞いた中年の男女は、もっと大変なのはそばにある原子力発電所が爆発したことで、6基ある原子炉が次々と爆発してるんだと話します。やがて富士山全体が溶岩色に変わり、恐ろしく美しい一枚の絵画のようになって燃え盛り、中年男は狭い日本だ、どこに逃げても同じだよと叫びますが、女はそれでも逃げなきゃしょうがない!と叫んで2人の幼子と大荷物を背負って逃げ出します。
3人が海辺の岸壁に辿り着いた時、あたりには荷物が散乱し、3人以外の人々は消えていました。
みんなはどこに行ったんだと聞くと、中年男が「みんな海の中さ」と答えます。そして陸に漂う色とりどりの煙を指差し、あれがストロンチウム、プルトニウムと言ってその害を説明し、放射性物質の着色技術を開発したって死神に名刺をもらうようなもんだとこぼし、一思いに死んだ方がいいと言い海に身を投げようとします。
女は怒って大人は十分に生きたかもしれないが、子供はどうなる!と言い、原発は安全だと抜かした奴はみんな縛り首にしなきゃ死んだって死にきれないよ!と叫びます。すると、中年男は自分もその縛り首の仲間の1人でしたと謝り、海に消えます。
私は、赤い煙の中を泣きながら逃げ惑う女を懸命に守ろうとしますが、やがて2人とも赤い煙に呑まれていきます。

「こんな夢を見た」~鬼哭~
私は、崩れ去った都市を後にし、薄い煙の漂う荒れ地を歩いていました。やがてもう一つ足音に気づいて振り向くと、そこには薄汚れた男がいて「人間だな」と呟き、頭を抱えて苦しみ始めます。その男の頭頂には一本の角が生えていて思わず後ずさり「君は、鬼か?」と訊ねます。
汚い男はこれでも昔は人間だったと言い、「昔、この辺は花畑だった。それを水爆やミサイルがこんな砂漠にしちまった!」と悔しそうに叫びます。
ところが最近、その死の灰の砂漠に不思議な花が咲き始めたと、人の背丈を越える巨大なタンポポの群生地へと案内し、放射能が花畑の花をみんなカタワにしちまった、人間だってこのザマだ、「バカな人間が地球を猛毒物質の掃き溜めにしちまった」とこぼします。
食物はと聞くと、鬼は共食いだ、角の数が多い奴が少ない奴を喰う、俺達1本角は2本3本と生やした奴の食い物で、人間だった時権力をかさに着てのさばってた奴らが鬼になってものさばってるんだと言い、けれど鬼の因果は死ねない事だ、あいつらは何本も角を生やした醜い姿で未来永劫、罪に苛まされ続けるんだと嗤います。また、昔酪農家だったと言う鬼は、牛乳を川に流したり、野菜をブルドーザーで潰したことを悔いて泣き出します。
ほどなくして慟哭が響き、鬼はあれは名うての鬼たちの泣き声だ、生えた角が死んだ方がましと思えるほど痛むのに死ねないから泣いているのだと話し、人骨の散らばる血の池に連れて行きます。そこでは何本もの角を生やした鬼たちが慟哭し、悶え苦しんでいました。
やがて鬼も苦しみだし私に帰れと言いますが、帰る場所がわからないと言うと、「鬼になりたいのか」と異様な声で叫び追いかけられます。 この映画を無料で観る

【結】- 夢のあらすじ4

「こんな夢を見た」~水車のある村~
気持ちよく晴れたある日、私が立派な水車がいくつも回る川べりを散策していると、数人の子供たちが花を摘み、橋の石に供えて通り過ぎます。
やがて私は、水車を修理していた老人に村の名前を聞きますが、この村には名前なんて無い、よその連中は水車村と呼んでるがねと言われます。
村での暮らしを聞くと、老人は電気は無いが蝋燭はある、暗いのが夜で星が見えないほど明るい夜はやだねと言い、耕運機は無いが牛や馬がいる、燃料には枯れ木があるし牛のフンもいい、人間は便利なものは良い物だと言い本当に良い物は捨ててしまうと語ります。
また、私たちは出来るだけ昔のように自然な暮らし方をしたいと思っている、だが学者は人間を不幸せにするものを発明し、それを大多数の人々は奇跡のように崇めたて、そのために自然が失われ、自分たちが滅んでいくことに気がつかない、汚された空気や水は人間の心まで汚してしまうと嘆きます。
水車はゆったりと回転し、木々の間を風が吹き渡り、カッコウの鳴き声が響いています。
また、子供たちが石に花を供える理由を聞くと、自分は死んだ親父から、昔そこで病んだ旅人が倒れて亡くなり墓の代わりに石を置き花を供えたと聞いたが、村人たちは皆理由を知らずともその習慣を守っていると語ります。
やがて軽快な音楽が聞こえ、お祭りですか?と聞くと、老人は葬式だと答えます。本来葬式はめでたい物だ、よく生きてよく働いてご苦労さんと言われて死ぬのはめでたい、この村には寺も坊主もいないから、死んだ人をああやって丘の上の墓場まで村中の者が送って行くんだと話します。
そして、あの葬式の婆さんは99の大往生で、わしの初恋の相手だった、わしを失恋させて他んとこに嫁に行っちまったんだがねと笑い、わしも葬式に行かねばならんと立ち上がります。ほどなくして老人は朱色の貫頭衣に帯を締めて手に鈴を持ち、水車小屋から現れます。
年を聞くと100と3つさと言い、生きるのが苦しいとかなんとか言うけれど、それは人間の気取りでね、正直、生きてるのは良いもんだ、とてもおもしろいと言って花を摘み、踊るように鈴を振り歩き出します。
葬列は、老人の言う通り明るく陽気なものでした。先頭の子供が花を撒き、ラッパや太鼓が打ち鳴らされ、やっせ!よいやさ!と踊る踊り子に囲まれた綺麗な織物がかけられた棺桶がしずしずと進み、その後ろに村人たちが続きます。老人もその先頭に混ざり、踊りながら去って行きました。
葬列が過ぎ去った川辺には再び静寂が訪れます。
私は微笑んで、石に花を供え去って行きます。

みんなの感想

ライターの感想

名匠黒澤明監督の晩年の作なので、関わった人たちの中にスピルバーグ、コッポラ、スコセッシ(出演)、本多猪四郎等々の名監督の名が次々と出てくることにも驚かされます。
中でも「日照り雨」の狐の嫁入り、「水車のある村」の葬列シーンは圧巻で、初見ではあまりの美しさと衝撃で滂沱の涙を流した記憶があります。日本を代表するお爺さん役者笠智衆の飄々とした語り口は心に染みて余りある感動で、自分の葬式も絶対この式でやって頂きたいものだと思ったものでした。「鬼哭」の鬼役いかりや長介もすでに鬼籍の人となり寂しい限りです。
また、東日本大震災当時「赤富士」が話題になったのも印象的でした。「原子炉が次々と爆発」「みんな海の中さ」「異様なタンポポ」等々、確かに震災後どこかで耳にしたつらい現実が描かれている事にも驚きを禁じ得ません。富士山が本当にあんな恐ろしい姿で爆発する日が来ないことを切に祈るばかりです。

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