「おとぎ話みたいLIVEFOREVERVer」のネタバレあらすじ結末

おとぎ話みたいの紹介:2014年公開の日本映画。『あの娘が海辺で踊ってる』などの山戸結希監督がメガホンを取り、ロックバンドのおとぎ話とコラボレーションした中編の青春ムービー。田舎に暮らす女子高校生の初恋をみずみずしく描く。主演は、『東京無印女子物語』などの趣里。『千年の愉楽』などの岡部尚や、『ふたりのシーズン』などの監督である井土紀州が共演するほか、音楽を担当するおとぎ話も出演する。思春期の少女の心理をすくい取る繊細でいてポップなストーリーと映像に注目。

予告動画

おとぎ話みたいLIVEFOREVERVerの主な出演者

高崎しほ(趣里)、新見先生(岡部尚)、河西さん(小林郁香)、杉本さん(井土紀州)、通りすがりのお姉さん(寺嶋由芙)、駆け抜ける女の子(椎名琴音)、おとぎ話(おとぎ話)

おとぎ話みたいLIVEFOREVERVerのネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

①田舎町に住む高校3年生の高崎しほは、社会科教師の新見先生がダンスに詳しいと知り、急速に惹かれていく。 ②しほは新見先生に愛を打ち明けるが、新見先生は応えてくれない。絶望しながらも、しほは踊り続ける。

【起】- おとぎ話みたいLIVEFOREVERVerのあらすじ1

〝どうしようと思った時には、心はいつもどうしようもなく、足りないと思うことは、かつて満ち足りていたという証左に他ならないのだが、いつも不在だけがその人の輪郭をかたどるように、今私が手にしているものなど何もない。
もう時間はなく、私は若くないのだなと思う。
相手のために何だってしてあげるという気持ち同様に、相手のために引き裂ける時間というものの、その上限が喉元に迫って初めて、そのあまりの手遅れに気づくのだ。
私が彼のためにしてあげられることが、最早何もないということが、そのまま断絶を意味してしまう。
私の愛だけが、関係性の全てだったのだ。
いつでも捧げているという思いだけが宙ぶらりんになっていく午後のこの時間すら、おとぎ話のように包まれていくことも、哀しみよ…。〟
…田舎に住む高校3年生の高崎しほは、ダンスが得意な女子です。高校卒業後は上京してダンサーになりたいと思っていますが、その夢を今まで誰にも話したことがありませんでした。
同級生には夢を話したいと思う相手がいません。
ある時、渡り廊下の掃除を女子生徒2人と掃除していたしほは、高校卒業後に地元に残ると言う2人に対し、東京に行くことを話すと「へえ。でも教えてくれないんだね」「秘密主義なんだね」と言われました。
秘密にするつもりはなかったのですが、言っても理解してもらえないだろうという思いは、しほにありました。
同級生2人が先に帰った後、しほはやりきれない思いで廊下で踊ります。
それを見ていた若い男性教諭・新見先生が「すごいね」「ピナ・バウシュ(有名なダンサー兼振付師の名前)好きなんだね。ローザス(これもダンサー)のCD、社会科資料室にあるよ」と声をかけました。
新見先生の言葉はしほにとって衝撃的でした。こんな田舎でダンスのことを知っている人などいないと思っていたので、大学院まで東京にいて、その後、この田舎に戻って教師の職についている新見先生を、異性として意識し始めます。

【承】- おとぎ話みたいLIVEFOREVERVerのあらすじ2

〝そんなことでって笑うでしょうか。
そんなことと思われるかもしれない。そういう向きもあるかもしれない。
ただピナ・バウシュを知っている人間が、ローザスを知っている人間が、この半径1km圏内にて棲息しているということの衝撃が、私の身を貫いた。
持て余すほかないように、踊り続けることでしか自己保存できなかったから、その一端をあのような柔らかい視線でくるんでもらえることに、心を打たれてしまったのだ。
よっぽど孤独だったのだ。
ここを出て、ダンサーになりたいということを決めていて、そんなことは誰にも言わなかった。
早く東京に行きたかった。こことは別の世界で、一刻も早く踊りたかった。
ここには誰もいないと思っていた。〟
社会科資料室に行くと、新見先生はローザスのDVDとメルロー=ポンティというフランスの哲学者の本を貸してくれました。しほは本を借りて、その思想にどっぷりはまります。
〝即物的な田舎の男たちと違った。
新見先生は、自分のペースで生きている感じがして、他の人とは違うと思った。
独断と偏見に過ぎなかったが、まるで信仰のように、私の心の中で確信されていた。事実だった。
ただ、彼を発見した喜びがあった。
そして、彼に発見された喜びが、確かにあったのだ。
私の踊りを何度も褒めてた。心地よかった。意気投合した。
時間を忘れるくらい楽しかった。先生みたいな人に会ったのは、初めてだったから。
新見先生といると、季節が始まる感じがするのだ。〟
その新見先生に教えられて、しほは屋上へ行き、卒業生である『おとぎ話』のメンバーたちと出会います。
同じ頃、しほは新見先生に、卒業生の女性・河西さんにも紹介されました。河西さんは東京で踊りをしていた女性です。
しほがダンサーを目指していることを知ると、河西さんはモダンダンスのすぎもとじゅん先生を紹介してくれました。東京でワークショップをしているので、参加すればいいと教えてくれます。
「普段から重心の持ち方、気にしてる? いつでもダンサーとしての意識を持ってないと駄目だよ」と河西さんは言いました。

【転】- おとぎ話みたいLIVEFOREVERVerのあらすじ3

その週末にしほは上京して、おとぎ話のライヴを見て、すぎもとじゅん先生のワークショップに参加します。
先生が踊りについて受講生に質問した時、しほは新見先生に教わった哲学書の教えを能弁に語りました。
自分の肉体を見世物にするのだから、女性が踊るのは卑しいことだとしほが言うと、先生は「末恐ろしいわね」と言うと、「今日の踊りもよかったわよ」と褒めてくれます。
嬉しくなったしほは、新見先生に報告したい気持ちと、恥ずかしいから黙っておきたいという気持ちでないまぜになりました。
田舎に戻って社会科資料室に行くと、河西さんが部屋にいます。河西さんは田舎へ戻って来てから、やけに新見先生と親しいのが、実はしほにとって気になっていました。
そこでついしほは河西さんと口論になり、新見先生が河西さんの味方をしたことから、しほはやきもちを焼きます。
やきもちでしほは衝動的に「なんらかの形で東京で挫折した、出戻り文化人じゃない」と河西さんと新見先生のことを侮辱し、新見先生も怒りました。
〝今まで何でもよくしてくれて、許される自信があった。
東京へ行って褒められて、気が大きくなってもいた。
でもそういうことは、終焉にすぎなくて、私が怒ったのは衝動故だった。先輩にすら嫉妬したんだ。
それでも私は許されると思った。見過ごすべきではなかったんだ、彼にも衝動があったことを。
彼にも守りたいものがあって、だからここで生きていた。彼にも琴線があった。〟
後日しほは謝りに行きますが、新見先生には取りつく島がありません。「謝罪は自分のためにするものだから」と言って、相手にされませんでした。
〝男の人には、絶対に触れてはいけない琴線があることを知ったのだ。
反射するような衝撃を受けて、取り返しのつかなさを思った。
はっきりと初恋だったのだ。
それでも怒っている先生を子どもみたいだと思って愛おしくなる気持ちもあって、もう、バカみたいだった。
新見先生と河西さんは、相変わらず仲が良さそうだった。
東京から出戻りしたローカル文化人として仲良くやれば、と思った。
それと同時に、もうこのまま話すこともなく東京に行くのだなと思うと、やれなかった。
私の季節は止まっていた。
膠着して、時間だけが過ぎた。〟

【結】- おとぎ話みたいLIVEFOREVERVerのあらすじ4

〝先生の教えてくれた本が読みたかった。言葉がひっかかっていた。〟
本を読みたくてこっそり社会科資料室に忍び込んだしほは、新見先生に見つかります。
新見先生はしほの行動の意味を知ると、また優しい態度に戻り、本をあげると言いました。
しほは「鏡のくだりが面白かったです。なんか、おとぎ話みたい」と言い、「私、先生が好きです」と告白します。
しかし新見先生は「生徒としか思ってないよ、ごめんなさい」と答えました。
しほは、先生も自分のことが好きだと思うと訴えますが、新見先生は愛情に応えてくれません。
卒業式の日、しほは途中で抜け出して学校の屋上へ行きました。新見先生も追っていきます。
〝ああ、季節が終わる。
どうしようと思った時には、心はいつもどうしようもなく、足りないと思うことは、かつて満ち足りていたという証左に他ならないのだが、いつも不在だけがその人の輪郭をかたどるように、今私が手にしているものなど何もない。…(以下、冒頭のモノローグ)〟
追ってきた新見先生に、しほはもう一度告白しますが、やはり新見先生はしほの愛に応えてくれませんでした。
〝身体や頭は古くなってしまうから、そうだね。でも、心は古くなったりしないのかな。
先生、私の心の中でずっと消えずにいてね。
先生、私、もう若くなんてないのよ。
次の春には、きっと屍(しかばね)。その時、私を屍姦してくださいますか。
先生に私のこと、気違いだと思ってほしい。
後にも先にもいない女の子だったなあって、私のこと思ってほしい。
先生が私のこと忘れずにいられるように、絶望されながら身内でいるより、変われないまま、かけがえないと思ってくれた方がずっといい。
あなたに光を届けるからね。あなたへ愛の手紙を書くからね。
あなたのために踊っています。あなたのために踊っています。
あなたへ、終わらない手紙を書き続けます。
私の立ち姿は、あなたへの愛の墓場です。
私が跳ねる左足は、あなたへの愛撫と同じこと。あるだけの変わらない手紙を書くよ。私のことを、忘れないでね。〟
(エンドロール)屋上で踊るしほ、その後、町で新見先生としほが踊る。幻想。
後日、おとぎ話と一緒に踊るしほの姿をDVDで見ながら、ひそかに泣く新見先生。
〝あなただけが、私の田舎でした…。〟

みんなの感想

ライターの感想

この映画、映画というよりひとつの芸術作品のようなものだろうか。
映像、綺麗。モノローグ、早口で語られるがメッセージ性がある。
しかもミュージックビデオのような役割も果たしている、というもの。
ストーリーはいたってシンプル。ある女子高校生が先生に恋をして失恋した。それだけ。
冷静にシビアに見ると、主人公のしほはかなり「イタイ」子。
新見先生の影響を受けて東京のワークショップのダンスの先生にとうとうと語るシーンなど、けっこう見てて痛々しい。
本人にその自覚がないところが…またこれ「若さゆえの傲慢さ」なんだよなあ。先生が末恐ろしいといった意味や、踊りを褒めた本当の意味など考えもしない。
新見先生に好かれていると思いこんでいるところも、思春期ならではのもの。「こんだけ私が好きなんだから、あなただって愛してくれるでしょ」と愛情を押しつけている。
「若くない」と言っていることこそが若さの証。思春期にありがちな傲岸さを上手に描けていると思う。

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