「ぼけますから、よろしくお願いします。2~おかえり お母さん~」のネタバレあらすじと結末、みんなの感想(1件)

ドキュメンタリー映画

ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえりお母さん~の紹介:2022年3月25日公開の日本映画。東京で働くテレビディレクターの信友直子が、広島県呉市で暮らす認知症をわずらった80代の母と、そんな母を支える90代の父にカメラを向け、20万人の観客を得る大ヒットとなったドキュメンタリー「ぼけますから、よろしくお願いします。」(18)の続編。認知症が進み、脳梗塞を発症した母は入院を余儀なくされる。父は毎日、母の手を握って「元気になって家に帰ろう」と励まし続ける。前作で95歳にして初めてリンゴの皮をむいた父は、続編では100歳を前にして各段に家事の腕が上がり、母の介護を担うべく筋トレを始める。少子化や老老介護、終末医療など日本の高齢化社会の深刻な問題を含みながらも、愛情あふれる夫婦の姿が活写される。信友直子は、冷静さを要する作り手の立場と、感情的にならざるをえない一人娘としての立場の葛藤を乗り越えて、どの家庭にも起こりうる「宿命」と向き合い、普遍的な物語を綴った。

あらすじ動画

ぼけますから、よろしくお願いします。2~おかえり お母さん~の主な出演者

監督、語り、撮影:信友直子 実景撮影:南幸男 編集:目見田健 ライン編集:池田聡 音響効果:金田智子 プロデューサー:大島新 プロデューサー:濱潤 共同プロデューサー:前田亜紀 共同プロデューサー:堀治樹 共同プロデューサー:山口浩史 整音:富永憲一

ぼけますから、よろしくお願いします。2~おかえり お母さん~のネタバレあらすじ

【起】– ぼけますから、よろしくお願いします。2~おかえり お母さん~のあらすじ1

ぼけますから、よろしくお願いします。2~おかえり お母さん~のシーン1

画像引用元:YouTube / ぼけますから、よろしくお願いします。2~おかえり お母さん~トレーラー映像

【2018年11月】

2018年秋、「私」こと信友直子が撮りためてきた父と母のドキュメンタリー映画が、公開されました。

映画は『ぼけますから、よろしくお願いします。』というタイトルです。認知症の母・信友文子を90代の父・信友良則が支え、2人で暮らす物語です。母の病が進んでも、住み慣れた家で一緒に暮らしたいというのが、2人の願いでした。

地元・広島での舞台挨拶では、父も登壇しました。1920年生まれの父はこのとき、98歳です。父はステージの上でマイクを握って、しっかりした口調で挨拶をしています。

『ぼけますから~』のドキュメンタリー映画のなかでは、父は腰の曲がった状態で歩いていました。現在の父は外に出歩くときは、手押し車を使っています。手押し車を押して道を歩く父に、映画を見た人たちが声をかけていました。父はきちんと挨拶し返します。

父が行く先は、呉中通病院でした。父に負けないくらい映画の封切りを楽しみにしていた母が、そこにいるからです。父は病室で酸素マスクをつけた母に、地元・呉にある映画館ポポロへ行ったことを報告します。

【2009年】

2009年の映像が流れます。母は1929年生まれで、この当時80歳でした。元気で認知症の兆候もない母は、魚屋や八百屋でにこやかに会話しながら買い物をしています。

いつも笑顔で社交的で誰からも愛されており、「私」にとっては自慢のお母さんでした。

母が家事一切を取り仕切っていたので、この頃の父は何もやっていませんでした。一日中座って、本や新聞を読んでいるだけです。

両親がいっしょに夕食を取る映像が流れます。父はこの時点で、すでに耳が遠くなっています。

家は住宅街の一角にある、小さな平屋です。母親が小さな庭の花の手入れをしています…。

(映画タイトル)

ここから少しだけ映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』で紹介された内容のおさらいになります。

【広島県呉市】

広島県呉市が私のふるさと。

【監督・撮影・語り 信友直子】

【2014年】

2014年のお正月、いつものように「私」が帰省すると母に不思議な振る舞いが目立つようになっていました。父・93歳、母・85歳です。

リンゴの山がいくつもあり、どうやら母は買ったことを忘れて何度も買っているようなのです。

「私」が翌日父にそれを告げると、父も「すぐ前のことが判らん」と母の変化について答えました。その後の検査の結果、母はアルツハイマー型認知症と判明します。

東京で独り暮らしをしている「私」は、母の介護のために帰って来ようかと父に聞きますが、父親は自分が母を支えると答えました。老齢の父が母を助ける生活が始まります。

父と母には共通点がありました。早くに親を亡くし、下のきょうだいの面倒をみてきたのです。そのため2人とも結婚が遅く、見合いで結ばれました。尤も母は毎朝通勤の途中で見かける父にひそかに憧れていたらしく、縁談はすぐにまとまったそうです。

1959年に結婚し、2年後にひとり娘の「私」が生まれてからは、母は家庭に入って父を支えました。真面目で読書家の父と、明るくて几帳面な母、「私」はとても愛されて育ちました。

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