「ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち」のネタバレあらすじと結末、みんなの感想(1件)

ドキュメンタリー映画

2011年製作のチェコ、スロヴァキア合作のドキュメンタリー映画。第二次世界大戦前夜のチェコスロヴァキア、“イギリスのシンドラー”と呼ばれたニコラス・ウィントンによる『キンダートランスポート』の救出作戦が行われ、ナチス・ドイツの脅威から669人のユダヤ人の子ども達が救われた。――それから50年後、一冊のノートが発見され、その真実が明らかとなる。

あらすじ動画

ニコラス・ウィントンと669人の子どもたちの主な出演者

ニコラス・ウィントン、ジョー・シュレシンジャー、ベラ・ビッシング、アリス・マスターズ、ベン・アベレス、エリ・ビーゼル、ダライ・ラマ14世、母親/再現ドラマ(クラーラ・イソバー)、ニコラス・ウィントン/再現ドラマ(ミハル・スラニー)

ニコラス・ウィントンと669人の子どもたちのネタバレあらすじ

【起】– ニコラス・ウィントンと669人の子どもたちのあらすじ1

ニコラス・ウィントンと669人の子どもたちのシーン1

画像引用元:YouTube / ニコラス・ウィントンと669人の子どもたちトレーラー映像

第二次世界大戦前夜、ナチス・ドイツの迫害から669人の子どもの命を救った一人のイギリス人がいました。

チェコスロヴァキアからイギリスへの救出作戦『キンダートランスポート』の詳細はずっと謎でした。50年経ち、1988年に一冊のノートが発見され、その真実が明らかになったのです。

―—1930年代、独立国チェコスロヴァキアは楽しく平和で、差別や偏見もなく、多文化・多言語の街でした。

家族で街に買い物やカフェに出掛けたり、山脈のふもとに住む家庭では自然の中で動物や自然に触れ、楽しく幸せに過ごしていました。

ところが1938年、ドイツでは独裁者ヒトラーによるナチズムが広がり、多民族への憎悪植えつけから、ユダヤ人に対する学校でのいじめや暴力、病院での治療拒否等の差別が始まりました。

次にドイツはチェコの国土割譲を要求し、ヒトラーとの戦争を恐れた各国は、1938年9月ミュンヘン会談で割譲を決定。

事実上チェコは見捨てられ、ズデーテン地方に住む人々は子供を連れ、命からがら逃げたのでした。

―—そのノートが書かれ始めたのは1938年の12月、ノートには子供達の写真や名簿、親からの手紙などが収められています。

1938年ロンドン、ニコラス・ウィントンは29歳、大恐慌期に株取引で成功した商才を持つイギリス人で、フェンシング、ヨットやスキー、旅好きで活動的に過ごしていました。

そんな中、1本の電話が彼の人生を変えます。プラハにいる友人がチェコのユダヤ人難民の援助活動で忙しいと言い、ニコラスも友人と合流し、現地の実情視察に向かったのです。

難民キャンプはナチの脅威から逃げてきた人々であふれ、ぼろ小屋に小さなストーブが1つ、雪も積もり、多くの人々が体調を崩し最悪の状況でした。

そしてドイツ軍は既に目前まで迫っており、人々は「せめて子供だけでも」と心あるイギリス人に頼ったのです。

“不可能なようでも必ず道はある”が信条のニコラスは援助を求め、各所、各国の指導者、ルーズベルト大統領にも手紙を書きましたが、どこからも拒否されます。

彼はすぐ次の手を打ち、毎日カフェに通い、朝から晩まで相談者と面談し子供達の名簿を作り続けました。

活動の噂が広まるとドイツは彼を監視し、スパイもつけますが、その中でスウェーデンへの最初の25名の『児童輸送』が成功します。

2000人以上が出国を待っていました。ロンドンの上司は戻るよう何度も電話をかけてきましたが、ニコラスは社命を無視してプラハで活動を続けます。

1939年3月、ついにドイツ軍が大軍団でやってきました。

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