「容疑者、ホアキン・フェニックス」のネタバレあらすじと結末、みんなの感想(1件)

ドキュメンタリー映画

2010年製作のアメリカ映画。2008年に突然俳優引退とラッパーへの転向を宣言したJ・フェニックスを追ったモキュメンタリー。酒とドラッグに溺れていくフェニックスの姿は周囲を心配させたが、後にフェニックスと監督を務めたC・アフレックの作り話であることが判明、世間の怒りを買い、興行は不振に終わった。

あらすじ動画

容疑者、ホアキン・フェニックスの主な出演者

語り(ホアキン・フェニックス、ケイシー・アフレック、ベン・スティラー)

容疑者、ホアキン・フェニックスのネタバレあらすじ

【起】– 容疑者、ホアキン・フェニックスのあらすじ1

容疑者、ホアキン・フェニックスのシーン1

画像引用元:YouTube / 容疑者、ホアキン・フェニックストレーラー映像

映画は、あるホームビデオの映像から始まります。撮影されたのは、1981年2月12日、パナマのウイグラにある滝つぼで、そこには幼い少年が父親とともに水遊びをしていました。少年は恐る恐る滝つぼに飛び込み、父親はそんな息子に拍手を送りました。1982年、この少年はカリフォルニアで兄弟とともに歌とダンスを披露し、テレビ番組で取り上げられるほどの人気者となりました。

時が経ち、少年は青年となり、実力派俳優として頭角を現していきました。この俳優の名前は、ホアキン・フェニックス。「グラディエーター」や「サイン」の演技は高い評価を受け、「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」ではゴールデングローブ賞主演男優賞を受賞し、アカデミー賞にもノミネートされました。

順調にキャリアを積んでいるように見えたホアキンでしたが、2008年10月、サンフランシスコで世間を驚かせる発表を行いました。ポール・ニューマンの追悼イベントが終わった後、ホアキンは突然俳優引退をメディアの前で宣言したのです。

俳優引退を宣言する少し前から、ホアキンは自らのありのままの姿をカメラに収めていました。ホアキンは世間が期待する人間像を演じることに疲れたと語り、そんな現実に耐えられなくなったためにドキュメンタリー制作に同意したといいます。

ドキュメンタリーの監督を務めるのは俳優のケイシー・アフレック。ケイシーはホアキンの親友であり、妹サマーの夫で、義弟の関係にある人物でもありました。ケイシーはホアキンの生活に密着、ホアキンのアシスタントのアントニー、友人で後見人のラリーと暮らす生活を撮影しました。

俳優を引退したホアキンが次に目指したのは、ラッパー歌手でした。ホアキンは現実への不平不満をリリックに込め、スタジオでの収録を開始しました。その一方で、ホアキンの生活は乱れていきました。怠惰な生活で体は激太りし、髪やヒゲは伸び放題になり、ホアキンは汚い外見になっていきました。

2008年11月15日、ホアキンはカリフォルニア州ベニスビーチのクラブの舞台に立ちました。ホアキンはラップを披露しますが、客が真剣にリリックに耳を傾けてくれないことに不満を覚えます。友人のマットは元俳優のラップが人々に理解されるには時間が必要だと言ってホアキンを励ましますが、ホアキンは今の状況を打開する方法を見出せずにいました。

そこで、ホアキンは有名プロデューサーのディディの協力を仰ぐことを決めました。2008年12月、ホアキンはディディと会うためにニューヨークに飛びました。

その途上、ホアキンはラッパーで俳優のモス・デフとばったり出会いました。「俺が目指すのは『ボヘミアン・ラプソディ』をラップで歌う詩人」…ホアキンがラッパー転身への意気込みをそう語ると、モス・デフは困惑しながら「あー…詩人ね。そいつはすごい」と返答しました。

ディディは多忙を極めていたため、ホアキンはすぐに会うことはできませんでした。そのため、ホアキンはディディとアポが取れるまでニューヨークの自宅でアントニーとラリーとバカ騒ぎをして時間を潰しました。

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