映画:いしゃ先生

「いしゃ先生」のネタバレあらすじと結末

ヒューマンドラマ

いしゃ先生の紹介:昭和初期に山形県の無医村で村医として活躍した実在の人物・志田周子の半生を描いた映画として2016年に全国公開された作品で、主演の志田周子役を平山あやがつとめています。ロケはすべて山形県内で行われ、映画の公開も全国に先駆けて山形県の映画館で先行公開されました。主題歌には上野優華の「あたたかい場所」が起用されており、上野優華は作品内でも志田周子の助手という重要な役どころで出演しています。

あらすじ動画

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いしゃ先生の主な出演者

志田周子(平山あや)、志田荘次郎(榎木孝明)、志田せい(池田有希子)、志田悌次郎・少年時代(星野凱士)、志田悌次郎・青年期(諒太郎)、幸子(上野優華)、高橋校長(長谷川初範)、風のおんつぁん(岡 雅史)、竹子(白崎映美)、鉄蔵(中本哲也)、友蔵(石澤智幸)

いしゃ先生のネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

【起】- いしゃ先生のあらすじ1

いしゃ先生のシーン1 昭和10年。
人里離れた山形県の村に、東京で医学を学んだ志田周子が帰って来ました。
彼女はその村の出身であり、父から電報によって呼び出された周子は、無医村の村に医師として滞在してくれないかと頼まれるのでした。
すでに診療所の建設まで行われ、後には引けない状況で父は3年間だけでもと周子に頼み込みます。
東京に想いを寄せる人を残してきた周子は困惑しますが、仕方なく村の診療所で働くことになるのでした。
新しい診療所に看板をかけ、患者がやって来るのを待つ周子でしたが、診療所には誰一人として医者の治療を望む者は現れませんでした。
当時は皆保険制度も存在せず、医者にかかるということは高額の医療費を支払わなくてはならないと思い込んでいる人も多くいました。
貧しい村ではそこまでして医者にかかりたいという人も少なく、また女性が医者をやるということも珍しい時代だったため、周子は村人から怪しまれ誰も相手にしようとしてくれなかったのでした。
仕方なく周子は往診をして村中の家を訪ね歩き、医者が必要な人はいないか聞いてまわります。
ほとんどの家で必要ないと断られ家に帰って来た周子でしたが、そこで弟の悌次郎から同級生の母親が病に苦しんでいるという話しを聞かされるのでした。
夕食を後回しにして周子は急いでその家へと足を運びますが、その家の家族は診察代や村の噂を気にして周子を中へ入れようとはしませんでした。
どうにか診察をさせてほしいと食い下がる周子でしたが、結局は門前払いを受けてしまい、成す術がありませんでした。
代わりに村の祈祷師が呼ばれ、病人のいる家の前で立ち尽くす周子をしり目に家の中へと入っていきます。
道案内をしてくれた悌次郎とともに家へと帰る周子でしたが、それから3日後に病人は亡くなってしまうのでした。

【承】- いしゃ先生のあらすじ2

いしゃ先生のシーン2 周子が診療所の外で東京にいる恋人から届けられた百合の球根を植えていたとき、診療所におばあちゃんを背負った村人がやって来ます。
周子は「ヨシさん」とおばあちゃんの名前を呼びますが応答はなく、周子は意識のないヨシおばあちゃんの胸を叩いて蘇生させようとします。
止めようとする村人を振り切り、周子が何度もヨシの胸を叩くと、ヨシおばあちゃんは息を吹き返すのでした。
あくる日、ヨシおばあちゃんと村人はお礼を言いに診療所を訪れ、診療所の患者第一号として周子のもとへ足を運ぶようになります。
それから周子の診療所には村人が訪れるようになりますが、みな診察代がかからないという評判を聞きつけてやって来ており、貧しい村人たちの中でお金を置いていく人は少ないのでした。
ある日、村に腹痛を訴えている人がいると聞き、周子は村人のもとへと向かいます。
診察をした周子は盲腸だと診断しますが、内科医の周子では処置をすることができないため鎮痛剤を注射して大きな病院で診てもらうようにと勧めます。
大きな病院まではかなりの距離があり、吹雪の中で運ぶにはそりに乗せて大人数の手が必要になりました。
家族は医者にも関わらず病気を治すことができないという周子を疑い、治療を拒みますが、痛みに苦しむ病人のために鎮痛剤だけは投与させてほしいと頼み注射を打つのでした。
その夜、鎮痛剤が切れた病人は再び痛みを訴えてのたうち回り、もはや一刻の猶予もないという状況で、病人は村人たちの手によってそりに乗せられ周子も同行して吹雪の中を運ぶことになります。
できる限りの治療を施しながら雪の中を進んで行く周子たちでしたが、もう少しで病院というところで病人は息絶えてしまうのでした。
村人は悲しんでいる病人の家族に「俺たちはまだ生きていくんだ」と声をかけ、立ち上がらせます。
周子は力なくその場に立ち尽くし、村人たちは亡くなった村人を乗せたそりを引いて自分たちの村の方へと引き返していきます。

【転】- いしゃ先生のあらすじ3

いしゃ先生のシーン3 周子が村にやって来て2年が経とうとしていました。
周子の父は村の産婆が高齢になってきたことを理由に、周子に産婦人科医も担当してくれないかと頼まれてしまいます。
いずれは村を離れるつもりでいた周子は「勘弁してほしい」と父に頭を下げて断りますが、村に自分以外の医者がいない現状は変わることがなく、周子は自分の進む道に迷うのでした。
そんな夜、診療所にひとりの村人が訪ねて来ます。
診察代の代わりにじゃがいもを持ってきた村人は、幼い娘の風邪が治らないことを気に病んでおり、診察をした周子は女の子に肺結核の疑いがあると診断します。
家に帰ってきた女の子の父親は周子を勝手に家に呼んだ妻を叱り、娘はただの風邪だと言い張って周子の言葉を聞こうとはしませんでした。
父親は無理やりに周子を家から追い出しますが、周子は次の日もその次の日も女の子の家に足を運び、父親が女の子を大きな病院に連れていくまでは毎日でも来ると言うのでした。
それでも父親は周子を追い返しますが、周子はあきらめることなくその家に足を運び、紹介状や栄養のあるものを持っていくことで少しずつ父親の心を動かしていくのでした。
そしてある日、父親の妻が周子のもとにやって来て、父親が女の子を連れて病院まで行ったという話しを聞き、喜びます。
周子の家では周子の母・せいが出産を控えていました。
産まれてくる子どもために編み物をしている周子のもとに悌次郎がやって来て母の容体が急変したことを伝えるのでした。
家に戻るとせいが産気づいており、それは予定日よりも2ヶ月も早いという状況でした。
村の産婆も早産に対応することはできず、専門外の周子は医学書を読みながら治療を行なうものの次第にせいは衰弱していき、やがて亡くなってしまうのでした。
突然のせいの死に家族は悲しみに暮れ、周子も打ちのめされてしまいます。
家族の前では気丈に振舞っている周子ですが、診療所に戻ると産婦人科の医学書を放り投げ、ひとり涙を流すのでした。
母のいなくなった志田家では周子は母の代わりをつとめ、家族の前で強く振舞います。
当初に父と約束をした3年の月日が過ぎても、周子は診療所を離れることができず、恋人と会えない時間を過ごしていることに思い悩んでいました。
そんなとき恋人から手紙が届き、それは恋人が周子を山形まで迎えに来るという内容で、待ち合わせ場所に周子が来なければ、きっぱりと諦めたいと書かれていました。
その手紙を受けて周子の心は揺れてしまいます。
周子は恋人のもとへ会いにいくことに決め、父に挨拶をして診療所を出ていく準備をしていましたが、そこへ村人が駆け込んでくるのでした。
いつもならすぐに病人のもとに向かおうとする周子も、このときばかりは悩んでしまいます。
村人から心配される周子ですが、やがて覚悟を決めたようにカバンを置いて、腰を痛めて立てなくなってしまった村人のもとへと向かうのでした。
診療所へ戻った周子はこれまで取っておいた恋人との手紙をまとめて箱に入れて蓋を閉じます。

【結】- いしゃ先生のあらすじ4

いしゃ先生のシーン2 それから10年の月日が流れ、診療所は多くの村人が集まる場所となっていました。
周子もすっかり村に馴染み、村人相手にも物怖じせずにはっきりと意見が言えるたくましい女医になっていました。
そんな彼女のもとに幸子という女性がやって来て、助手として働くことになります。
周子の父は周子に恋人がいることを知っていながら村に縛り付けてしまったことを悔いていましたが、周子はそんな父に、娘として生まれて幸せだったと話すのでした。
ある日、周子が幸子と一緒に昼食をとっていると、周子は食べ物を嚥下するのに苦労している様子でした。
幸子はそんな周子を気にかけますが、周子はなんでもないとごまかすのでした。
診療所にやって来たヨシばあちゃんは病気を患うようになっており、衰弱した様子を見せながらも幸せそうに周子と会話をしているのでした。
ヨシばあちゃんは自分が周子の最初の患者であることを、周りの人に自慢していたと言います。
おばあちゃんの家族から改めて感謝を伝えられ、謙遜する周子でしたが、彼女もまたヨシばあちゃんと同じ注射を自分に打っており、それを発見した幸子は彼女が病を患っていることを知るのでした。
自分の病を知りながらも診療所を離れることはできないと話し、心配いらないと笑う周子に、幸子は「先生はバカだ」と号泣し、そんな幸子を周子は優しく抱きしめるのでした。
その後も周子は村での診療を続け、やがてその功績をたたえられ保健文化賞の受賞式に出席することになります。
スピーチで周子は自分の夢を語り、それは誰もが等しく医者にかかることのできる世の中が来ることだと話します。
貧しい人でも僻地に住んでいる人でも、人の命だけはすべてにおいて平等であるとを話し、「誰もが安心して医療が受けられるようになるその日まで、頑張ってみようと思います」と話すのでした。
そして昭和36年に国民皆保険制度が制定され、周子はその翌年に食道がんでこの世を去るのでした。

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みんなの感想

ライターの感想

実在の人物である志田周子さんの半生を、丁寧に描いた作品だと思いました。
志田さんの生涯を通して昭和初期の時代に女性の医師が信用されていない様子や、医療というものに対する当時の価値観なども描かれ、現在のように当然にものとして医療が行き渡っていくまでの過程が垣間見れる部分もあり、尊敬の念とともに勉強になる作品でした。

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