映画:ひろしま

「ひろしま」のネタバレあらすじと結末

ひろしまの紹介:長田新が編纂した文集「原爆の子〜広島の少年少女のうったえ」を原案にした作品で、1945年8月6日の広島原爆投下の惨劇と、それから7年の月日が経った広島に生きる人々の姿を描いていく。原爆投下から8年後に製作された作品であり、約9万人の被爆者や広島市民が撮影協力した。第5回ベルリン国際映画祭長編映画賞を受賞した作品ながら、当時の国内での上映は限定的だった。2017年にデジタルリマスター版が完成し、全国各地での上映活動が行われている。1953年日本製作。

あらすじ動画

ひろしまの主な出演者

大庭みち子(町田いさ子)、遠藤幸夫(月田昌也)、北川先生(岡田英次)、米原先生(月丘夢路)、大庭みね(山田五十鈴)、遠藤秀雄(加藤嘉)

ひろしまのネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

【起】- ひろしまのあらすじ1

物語の舞台は、原爆の悲劇から7年の月日が経った広島。女子高校生のみち子が授業中に鼻血を出して倒れることから、物語は始まります。ちょうどそのとき、授業では原爆がテーマの「0の暁」というラジオを聞いており、原爆投下に向かうアメリカ軍の飛行士の心情が読み上げられていました。幼い頃に原爆投下を経験したみち子にとって、この授業はあの日のつらい記憶を思い出させる非常につらい内容でした。みち子が倒れたのは、精神的なショックだけが原因ではありませんでした。みち子は原爆症による白血病に苦しんでいたのです。

クラスの中で原爆症となったのはみち子だけでなく、被爆者の生徒は不調を訴えていました。しかし、クラスの中には原爆を体験していない者も多く、原爆症に理解を示さない生徒も少なからずいました。クラスの担任の北川も戦後広島に赴任してきた教師であり、戦後になっても広島に原爆の傷が深く残っている現状にショックを受けました。

生徒の一人は、「すぐ原爆に甘えている」と言われることを恐れ、表立って社会に出ることができない原爆症患者が大勢いることを北川に教えました。別の生徒は、原爆投下を体験していなくてもつらい境遇にある人がいると言って、すでに高校を中退した遠藤幸夫という同級生の話を北川に伝えました。

今から遡ること7年前、原爆が投下される直前の広島は、アメリカ軍の脅威に警戒しながらも人々はいつもと変わらぬ日々を送っていました。当時、みち子は母みね、姉の町子、幼い弟とともに暮らしていました。父はおらず、慎ましい生活が続いていましたが、みち子たちの家には笑顔がありました。

ところが、そんなみち子の大切な家族は突然原爆によって奪われてしまいました。広島は原爆の爆発で建物が倒壊し、あちこちで火事が起きました。即死する者もいれば、重傷を追って苦しみ悶える者、建物の倒壊に巻き込まれて少しずつ衰弱する者もおり、まさに地獄絵図のような光景が広がっていました。そんな中、みねは重傷を追いながらもみち子と明男を連れて救護所に向かいました。しかし、その途上で明男は息を引き取ってしまいます。みねはその亡骸をいつまでも抱き抱えていました。

一方、遠藤幸夫の父親である秀雄は血と灰にまみれながら、家の下敷きになった妻よし子を救出しようとしていました。しかし、秀雄に手を貸す余裕がある者は誰もおらず、よし子は死を覚悟しました。秀雄はよし子から息子の一郎のことを頼まれると、一心不乱で一郎を探し回りました。

【承】- ひろしまのあらすじ2

同じ頃、建物疎開中に被爆した学童たちは教師の米原とともに川を渡って避難しようとしました。その中にはみち子の姉、町子の姿もありましたが、多くの同級生と同様、力尽きてしまいました。その夜、広島に黒い雨が降りました。秀雄は雨に打たれながらも息子探しを続けましが、一向に一郎は見つかりませんでした。

夜が明けると、みねとみち子は救助船に乗ることができましたが、その船上においても力尽きて死ぬ人々がいました。ようやくたどり着いた救護所は重傷者でいっぱいで、中には精神的に不安定になり、叫び声を上げる者も少なくありませんでした。そんな中、みねは息を引き取りました。その死に顔は呆然とした表情で、みち子はそんな母の体を何度も揺さぶるのでした。

その後、秀雄は救護所にたどり着き、そこでようやく一郎と再会を果たしました。しかし、すでに一郎は息を引き取っていました。秀雄は取り乱すことなく、寄り添ってくれた同級生に感謝を示し、「元気でいなさいよ」と声をかけました。秀雄は一郎の死体を背負い、その場を去って行きました。

同じ頃、原爆が投下された広島には作物が育たなくなる、という話が被爆者たちの間で噂されるようになりました。病院は被爆者たちを安心させようとダイコンの種を植え、被爆者たちいつ芽が出るかと熱心に観察しました。人々はなかなか芽が出ないことに絶望しかけますが、ある日ついに小さな芽が土から生えてきました。人々はその光景に感激するのでした。

【転】- ひろしまのあらすじ3

その後、二人の幼い子どもたちが疎開先から戻り、廃墟と化した広島の町にやって来ました。子どもたちは秀雄の子どもで、名前は兄を幸夫、妹が洋子といいました。二人が自宅跡で遊んでいると、救護所の女性がその場に現れました。女性はすぐに秀雄の元に二人を連れて行きますが、衰弱し切った父親の姿にショックを受け、洋子は姿をくらましてしまいました。幸夫はすぐに探しに行きましたが、ついに洋子は見つかりませんでした。その後、幸夫は浮浪児仲間とつるむようになりますが、亡くなった両親と兄のことを忘れず、自宅跡に花やアメリカ兵からもらったチョコを備えて家族の死を悼みました。

少しずつ広島が復興し、平和を願う声が高まりを見せていく中、幸夫は島にある収容所暮らしを経て、叔父の家に身を寄せることとなりました。収容所にいる間、幸夫は洋子を探すため何度か脱走を試みたことがありました。しかし、洋子が見つかることはありませんでした。

叔父の家に行ってから、幸夫は高校で勉強しながらキャバレーに働きに出ました。しかし、勉学との両立は難しく、幸夫は高校を中退、働いてはパチンコに行く生活を送るようになっていきました。幸夫には原爆で足に障害を負ってしまった恵子という従姉妹がいました。幸夫はいつか恵子をお嫁さんにしてやりたいと考えていましたが、いざその気持ちを伝えると、恵子は何も言わずに幸夫の前から去って行きました。

後日、恵子は幸夫を呼び出し、自分がこの体のせいで結婚を諦めていることを明かしました。しかし、恵子は結婚願望を捨て切れず、冗談でもお嫁さんにしてやるなんて言葉をかけられるのはつらい、と本心を打ち明けました。幸夫は恵子に謝ると、持っていたパチンコの玉をいじり始めました。恵子はその様子を見て、「そんな玉はまた鉄砲の玉になるんじゃないのかしら?」と語りかけました。幸夫は恵子の言葉に頷き、パチンコの玉を川に投げ入れました。

【結】- ひろしまのあらすじ4

このときの恵子との会話をきっかけに、幸夫はキャバレーを辞め、まじめに工場で働き始めました。その後、同級生のみち子が亡くなり、幸夫は葬式で久々に高校のクラスメイトや北川と再会しました。北川たちは幸夫が工場で働き始めたことを知って安堵するのでした。

ところが、幸夫は突然工場を辞めてしまい、町にたむろする浮浪児を集めて怪しい仕事を始めました。それは、宮島の防空壕跡を掘り起こして原爆で亡くなった遺体を発掘し、アメリカ人観光客に売りさばく、というものでした。幸夫は発掘した頭蓋骨に「人類の歴史上、最初にしてかつ最大なる栄光、この頭上に輝く。1945年8月6日」と英語で書きました。

この商売は長続きせず、すぐに幸夫は逮捕されることとなりました。事情聴取の場には、元担任の北川も呼ばれました。幸夫は工場が急に大砲の砲弾を作り始めたことに拒否感を抱き、工場を辞めたと語りました。その後、幸夫は映画「殺人狂時代」を観て衝撃を受けたことを明かしました。映画で描かれた「戦争でたくさん人殺しをした者が英雄になるのに、ほかの人殺しは死刑になること」は、まさに広島の現実を示しており、幸夫はまた戦争が起こることに恐怖感を覚えたといいます。事情聴取が終わると、幸夫は北川や同級生とともに歩き出しました。

8月6日、平和を願う鐘が鳴り響く中、大勢の人々が原爆ドームに向かう姿を映し出し、映画は幕を閉じます。

みんなの感想

ライターの感想

戦争の記憶がまだ残る中、実際に体験した人々が参加して作られたということもあり、悲惨な映像の数々に衝撃を覚えました。学校教育や報道だけでは知ることができない当時の広島の光景は生々しく、特に、焼け野原をよろめきながら歩く人々、月日が経っても原爆症に苦しみ続ける人々の姿は、鑑賞後しばらく経っても思い出されるほどショッキングな映像でした。

映画の感想を投稿する

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

映画「ひろしま」の商品はこちら