「わが母の記」のネタバレあらすじと結末の感想

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わが母の記の紹介:井上靖の自伝的小説を「クライマーズ・ハイ」で知られる原田眞人監督が映画化。主演の母と息子を樹木希林と役所広司が演じ、第35回モントリオール世界映画祭審査員特別グランプリを受賞した。2012年製作映画で、2013年に逝去した三國連太郎にとって最後の映画出演作となった。

予告動画

わが母の記の主な出演者

伊上洪作(役所広司)、洪作の母・八重(樹木希林)、琴子(宮崎あおい)、瀬川(三浦貴大)、貞代(真野恵里菜)、洪作の父(三國連太郎)

わが母の記のネタバレあらすじ

【起】- わが母の記のあらすじ1

1959年、東京に暮らす売れっ子小説家の伊上洪作は、老齢で病床の父を見舞うために故郷の伊豆を訪れていました。実家でくつろぐ洪作は古びたお守りを見つめながら、幼い頃の記憶、母と妹たちと別れた雨の日を思い出していました。戦中、父の台湾赴任に伴い、家族は洪作を残して台湾に発ってしまったのです。お守りは別れの直前、母が洪作にくれたものでした。父の見舞いを終え、洪作は東京の自宅に戻ることに。別れの挨拶を母に伝えに行くと、洪作は母の様子がおかしいことに気づきます。母は同じ言動を繰り返していました。

東京の家に戻ると、洪作の小説の検印作業が行われていました。妻、長女、次女、そして編集者の瀬川ら出版社社員が総出で作業を行う中、三女の琴子の姿が見当たりません。中学の写真部の作品作りに熱中し、家族奉仕しない琴子を洪作は叱りつけますが、琴子は家族ですら小説の題材にしてしまう洪作の作品作りに拒否感を抱いていたのです。その夜、伊豆から父の死を告げる連絡が洪作の元に届きます。洪作の妹たちが母の面倒を見ることになりましたが、母の認知症は少しずつ進行していました。

【承】- わが母の記のあらすじ2

家族と離れ離れになった幼い洪作は、沼津で土蔵のばあちゃという女性に育てられました。ばあちゃは洪作の曽祖父の愛人で、洪作は実の母のように慕っていました。一時的に伊豆から東京に母を引き取ったとき、土蔵のばあちゃを嫌悪する母は洪作を手放したことをひどく後悔している様子でした。かと思えば、母は突然先祖代々の香典帖を返すよう要求。洪作の香典帖探しを手伝った琴子は、そこで初めて父の生い立ちを知ります。親類の愛人が家の子どもの面倒を見るという事実に、琴子は「不潔だわ」と感想を漏らすのでした。

1963年、洪作はリゾート地で母の誕生日パーティーを開催しますが、母の記憶はさらに失われていました。夫との記憶だけでなく、洪作を捨てたことさえ忘れていたのです。そして1966年、洪作の妹で母の世話をしていた志賀子から泣きつかれ、洪作が当面母の面倒を見ることに。母は志賀子を娘ではなく使用人と認識しており、志賀子のストレスは爆発寸前でした。母の面倒をどう見るか洪作ら家族が思案する中、母の世話役を申し出たのは大学生になった琴子でした。

【転】- わが母の記のあらすじ3

伊豆を離れる直前、母は姨捨の物語を繰り返し語っていました。それを知った洪作は、かつて母からもらった姨捨の絵本を母に見せます。その絵本は、いつか来る母との別れを幼い洪作に認識させた思い出深い本でしたが、母が何か反応を見せることはありませんでした。琴子のアイディアで母は洪作の軽井沢の別荘に移されることが決まります。帯同するのは琴子と、母の縁戚の貞代、そして瀬川でした。瀬川は洪作に才能を認められ、住み込みで働くようになっていました。

後を追って洪作も軽井沢に向かいますが、そこには母の世話に疲れ切った琴子の姿がありました。そして、母は洪作を息子と認識していませんでした。ある夜、洪作は酔っぱらった琴子に「作家としては母に優しいが、息子としては恨んでいる」と図星をつかれてしまいます。酔った琴子を連れて洪作が別荘に帰ると、母が行方不明になっていました。洪作は近くの神社で母を見つけ出しますが、急な雨に降られてしまいます。雨宿りをしていると、母は洪作が首からかけているお守りに気がつきました。母はそのお守りを手に取り、ただじっと見つめるのでした。その後、母は軽井沢に冬まで滞在し、伊豆に帰っていきました。

【結】- わが母の記のあらすじ4

1969年を過ぎた頃から洪作が母を引き取ることが多くなっていました。母の感情の起伏はより激しくなり、さらに、いなくなった子どもを探すかのように真夜中に家の中を見回るようになっていました。ある日、母は洪作に土蔵のばあちゃの悪口を語り始めました。そんな母に対し、洪作は母に捨てられた恨みを伝えようとします。しかし、そこで母は「おかあさん、と渡る海峡」と詩を口ずさみ始めます。それは、洪作が学生時代に作った詩で、作った本人ですら忘れていた母への思いをつづった詩でした。思いがけない言葉に、洪作はその場を離れ人知れず涙を流します。

そして、ハワイに留学する次女を送る客船の中で、洪作は妻から母の逸話を知らされます。「一人で生きていける気性の強い子はつらくても残す」、母は断腸の思いで洪作を日本に残したといいます。洪作は捨てられたのではなかったのです。それとほぼ同時に、洪作は母が東京の自宅から行方不明になったことを知ります。沼津にいる息子を探したいという言葉に心打たれ、親切なトラック運転手が母を沼津に連れて行ったのだというのです。出発直前の船から降りた洪作は沼津の浜辺に先回りし、母、そして母を必死に追いかけた琴子と合流します。極度のカナヅチで海を恐れる母を背負い、海辺を歩き始める洪作。「海は怖いね 洪作さん」。母は静かに息子に語り掛けるのでした。それは数年ぶりの母としての言葉でした。

1973年、母は静かに伊豆で息を引き取りました。棺の母を見つめながら、洪作は母と別れたあの雨の日のことを再び思い出していました。そして、母のお守りを棺に納めるのでした。

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みんなの感想

ライターの感想

「たとえ忘れてしまっても、きっと愛だけが残る。」というキャッチコピーの通り、子を愛する母の思いが伝わってくる作品です。注目すべきは樹木希林の演技。認知症が進行する母の姿は、憎らしくもあり、愛らしくもあります。美しい伊豆の風景にも心惹かれる作品です。
  • randselusedaiさんの感想

    泣ける。号泣した。やっぱり樹木希林は映画界において貴重な存在であることが間違いない。そして役所広司。彼の演技も渋く光るものがある。この映画のすごいところはセリフの多さ。そして会話のテンポである。これ覚えるのたいへんだったろうなって思った。昭和の家庭のがよく描けていて、細かいでティールにも手が抜かれてなくてよかった。

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