映画:アイダよ、何処へ?

「アイダよ、何処へ?」のネタバレあらすじと結末、みんなの感想(1件)

ヒューマンドラマ

1995年、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で起きた「スレブレニツァの虐殺」と、それに国連平和維持軍の翻訳として現地にいた女性アイダと、彼女を取り巻く状況と事件の真相に迫る実話を基にしたヒューマンドラマ。第93回米アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート。ヤスミラ・ジュバニッチ監督。2021年9月劇場公開作品、101分。

あらすじ動画

アイダよ、何処へ?の主な出演者

アイダ:ヤスナ・ジュリチッチ ニハド:イズディン・バイロヴィッチ

アイダよ、何処へ?のネタバレあらすじ

【起】– アイダよ、何処へ?のあらすじ1

アイダよ、何処へ?のシーン1

画像引用元:YouTube / アイダよ、何処へ?トレーラー映像

1995年、ボスニア・ヘルツェゴビナ。

オランダ軍の国際連合平和維持活動隊の通訳係として、アイダという女性がカールマンツ大佐と共に行動し、彼と街に武装総力で侵攻してきたスルプスカ共和軍の行動に動揺し、状況を報告し合うスレブレニツァ市長との緊迫感ある会話からはじまる。

カールマンツ大佐は

「国連軍がこのまま侵攻するならば、休戦違反となりきっとすぐ武力で攻め行ってくるだろう」

と告げた。既に共和軍は首都すぐそこまで迫ってきている。翻訳をするアイダの表情も思わず強張る。しかし大佐は余裕をもった口調で

「攻撃するとしても首都ぐらいだろう」

と言った。首都に攻撃すること言うことは、国連とNATOが空爆で共和軍に攻撃すると言うことを密かに意味していたのだ。

だから、市民は何も心配することはないし首都に止まることで安全だと言う。

しかし共和軍側のムラディッチ将軍は、国連軍など紙のようなものでしかないと見抜いていた。

しばらくして、共和軍は遂に動き出し首都への進軍をはじめた。突然のことに市民は逃げ惑う。まず狙われたのはスレプレニツァ市長であった、共和軍は市長に

「お前が市長だな、外へ来い」

と淡々と呼び寄せると、建物の側に立たせ白昼堂々射殺した。

市長が不在となったことで、街を統治する人間がいなくなる。

「スレブレニツァの虐殺」のはじまりである。

なぜこの虐殺が起きたかと言うと、もともとボスニアは「セルビア人」と「ポシュニャク人」の宗教論争をもとに、血を血で争う内戦が各地で勃発していた。

(セルビア人がキリスト教、ボシュニャク人はイスラム教)

そこで共和軍が「民族浄化」を名目に、ポシュニャク人の一掃と名づけて年齢、性別関係なく無差別ジェノサイドをはじめたのだった。

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