映画:アクトオブキリング

「アクトオブキリング」のネタバレあらすじと結末

アクト・オブ・キリングの紹介:ジョシュア・オッペンハイマー監督による、2012年制作のドキュメンタリー映画。1965年のインドネシア共産党員大虐殺に関わった者たちに、「殺しの演技」をさせるという異色の手法で描いている。日本公開は2014年。

あらすじ動画

アクトオブキリングの主な出演者

アンワル・コンゴ、ヘルマン・コト、アディ・ズルカドリ、イブラヒム・シニク、スルヨノ、サフィト・パルデデ、サヒヤン・アスマラ、ユスフ・カラ、ソアドゥオン・シレガル、シャムスル・アリフィン

アクトオブキリングのネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

【起】- アクトオブキリングのあらすじ1

アクトオブキリングのシーン1 フランスの哲学者であるヴォルテールの「殺人は許されない。犯した者は罰せられる。鼓笛を鳴らして大勢を殺す場合を除いて」という言葉から、映画が始まります。

舞台はインドネシア。
1965年、当時の大統領だったスカルノは、中国との結びつきを強めていました。
それをアメリカ政府は快く思わず、あるときアメリカの支援を受けたスハルト陸軍少将(当時)がクーデターを起こします(通称9・30事件)。
スカルノは失脚し、当時インドネシアで暮らしていた華僑を含む100万人もの市民が、共産主義者殲滅の名の下に虐殺されました。

虐殺の主な実行者は、「プレマン(語源はフリー・マン)」と呼ばれるインドネシアのヤクザでした。
ジョシュア・オッペンハイマー監督は、これまで多くの加害者に取材をして、41人目の加害者アンワル・コンゴと出会い、彼にスポットライトを当てることにしました。
アンワルは一見穏やかな老人ですが実はプレマンで、かつて1000人もの共産主義者を殺害し、インドネシアでは英雄として称えられていました。
そんな彼に、オッペンハイマー監督は「あなたがおこなった虐殺を再現してみないか」と提案します。

アンワルといつも一緒にいるのが、同じくプレマンの中年男性ヘルマン・コトです。
さっそく2人は虐殺の再現映画の制作に取りかかるため、殺される市民役を街で募集します。
アンワルは「俺たちの歴史を知らしめるチャンスだ」と、意気揚々とヘルマンに語るのでした。

アンワルはかつて大勢の人々を殺したというビルの屋上にやってきます。
ナイフを使うと流血が多く後始末に苦労したため、血を流さず効率的に始末する方法を考案したと語り始めます。
それは細い針金の端を建物の柱に固定して、被害者の首に巻きつけて反対側から締め上げるという、残忍な方法でした。
アンワルはこうするとあまり血が出ないのだと笑いながら説明して、自身の部下を被害者に見立てて実演してみせます。
さらに、殺した後は皆で踊ったと言って、踊りを披露してくれるのでした。

この後、アンワルは先ほどの映像を確認して、自分のファッションに文句をつけます。
当時プレマンは虐殺に対する罪の意識が皆無で、国の統制を乱した人々を正義の行為として殺害していたのです。
アンワルのような虐殺の実行者は、現在も英雄として堂々と街を歩いています。

アンワルの知人の新聞発行人のイブラヒム・シニクは、プレマンに共産主義者たちの情報を渡して、見返りとして守ってもらっていたと言います。
さらにシニクは「共産主義者は悪人」というデマを流して、虐殺を煽動したことを暴露します。殺害した彼らは川へ捨てたこと、自分は直接手を下さなかったことを、悪びれる様子もなく語るのでした。

【承】- アクトオブキリングのあらすじ2

アクトオブキリングのシーン2 パンチャシラ青年団は、インドネシアの民兵組織です。会員数は300万人を超えており、与党系の議員や知事、現役の副大臣も支援する一大組織として君臨しています。
そんな青年団のリーダーであるサフィト・パルデデは、地元の商店の華僑からみかじめ料を巻き上げていました。
彼は寄付金と称して店主を笑顔で脅しつけて、慣れた様子で次々と金を奪っていくのでした。

アンワルは昔映画館でチケットを販売するダフ屋をしていたと語ります。
彼は映画好きで、ギャング映画に登場するアル・パチーノやマーロン・ブランドの大ファンでした。
そして、「映画スターよりも俺たちの方が残虐だった」と呟きます。

アンワルとヘルマンはいよいよ映画の撮影を開始します。
ヘルマンは劇団員だった経歴があり、女装して被害者の妻を生き生きと演じてみせました。
彼らは楽しそうに虐殺や拷問シーンを再現しますが、仕上がったものはまるでコントのように滑稽でした。

その後、アンワルと旧知の仲で、同じく「英雄」のアディ・ズルカドリが、映画の制作のため飛行機に乗ってやってきます。
彼は首都のジャカルタに移り住んで以来、アンワルたちは距離を置いて暮らしていました。
しかし、アディもプレマンならではの武勇伝を披露してきます。
自分が当時交際していた女性が華僑で、クーデターでは彼女の父親を中国系という理由で刺して、レンガで殴ったと笑いながら語るのでした。

アンワルとアディが釣りに興じます。
するとアンワルは、うなされるせいで眠れないと打ち明けます。彼は目を閉じると、針金で殺した人々のことを思い出して悪夢を見ると言うのです。
アディはあっけらかんと「ただの神経障害だからビタミン剤をもらえ」とアドバイスしました。

映画の撮影中、アンワルの隣人であるスルヨノが、突然身の上話を始めます。
彼の継父は地域で唯一の華僑で、クーデター時に殺害されました。遺体は半分に切られており、誰も片付けようとする者がいなかったので、幼かったスルヨノが必死に埋めたというのです。
さらに、その後スルヨノは差別に苦しみ、学校教育を受けることができませんでした。
「映画制作を批判するわけではない。情報提供だ」と、スルヨノはこわばった笑顔でアンワルたちに体験を語ります。しかし、アンワルたちは「話が複雑で作品に挿入できるかわからない」と聞き流すだけでした。
その後、スルヨノは共産主義者の役で、尋問された末に殺されるシーンを演じます。アンワルたちに死刑を宣告された彼は、演技ではなく本当に涙を流します。
撮影が終了して皆で談笑しているときも、スルヨノはずっと苦悶の表情を浮かべていました。

【転】- アクトオブキリングのあらすじ3

アディはこの映画が成功したら、共産主義者ではなくプレマンの方が残酷ということが判明すると呟きます。
しかし、「これまで貫いてきた信念が全部ウソだったことになるが、罰則はない」と付け加えるのでした。
するとオッペンハイマー監督は、アディに「戦争だったから仕方がないと言うが、ジュネーブ条約では戦争犯罪になる」と問いかけます。
アディは「国際法には賛同しない」と答えて、ジュネーブ条約が規範であっても、ジャカルタ条約を作ればいいとのたまうのでした。
アディはこの件を蒸し返したくないと難色を示しますが、監督は被害者遺族にとって真実が明らかになるのはいいことだと言います。アディは戦争を続けてほしいならやってやると話をそらします。
最後に監督が国際司法裁判所に呼ばれたらどうするのだと質問すると、「有名になれるから行く」とアディは答えました。

パンチャシラ青年団を牛耳る副大統領をはじめとする政治家たちは、いつも賄賂を使って選挙に当選していました。
あるとき、土地の再開発を理由に商店などに立ち退きを迫り、合法的に金を集金するために、ヘルマンは議員への立候補を決意します。
インドネシアの地方選挙では、住民たちが候補者に向かって「ボーナスはないの?」と明けっ広げに賄賂をせがんでいます。
ヘルマンは拙い街頭演説などもおこないますが、結果としては落選してしまうのでした。

ある日のアンワルは、孫たちと仲良く遊んでいます。
誤ってアヒルにケガをさせてしまった孫たちに、アンワルは「ごめんね」とアヒルに謝るように言い聞かせるのでした。

あるとき、アンワルは監督に「うなされて眠れないのは死者からの仕返しだろうか」と漏らします。
アンワルは自身に深い影響を与えた場所と言って、森の中を案内します。かつてアンワルはこの場所で首をはねて人を殺したのですが、死体の目を閉じなかったことを後悔していると言うのです。
アンワルはその出来事が悪夢の根源になっていると考えていました。

その後アンワルは映画の撮影で、悪夢にうなされる様子を再現します。
自分が殺してきた人たちが悪魔となってよみがえり、苦しめられるという残虐なシーンです。

ある日、アンワル一行は映画の宣伝のために、国営放送の番組に出演します。
テレビでもプレマンがおこなった虐殺は賞賛されており、女性の司会者は「苦しみの少ない方法で共産主義者を一掃したのですね」と笑顔で語りかけます。
さらに、司会者は「被害者の子どもは何故仕返しをしないのですか?」と質問します。するとアンワルは「仕返しなんてできない」と答えて、一緒に出演していたパンチャシラ青年団の一味が「仕返しされたら皆殺しだ」とつなげて、高らかに笑うのでした。
それを見ていたテレビ局の女性のスタッフは、「人を殺しておかしくなったのね」と呟くのでした。

【結】- アクトオブキリングのあらすじ4

アクトオブキリングのシーン2 映画の撮影も終盤に差しかかり、村を焼き払って住民たちを虐殺するというシーンが撮影されることになりました。
本番前、インドネシア副青年スポーツ相のサヒヤン・アスマラが見学にやってきて、パンチャシラ青年団の出演者たちの士気を高めます。
続けて彼は「今から見せるのは本来の我々の姿ではなく、怒ったときのシミュレーションだ」とアピールするのでした。

休憩中、サフィトはくつろぎながら「美人の共産主義者なら全員犯すさ。それが14歳だったらたまらない」と、仲間に向かって発言します。
さらに、彼は「お前(被害者)にとっての地獄は、俺にとっての天国だ」と言って、大笑いするのでした。

虐殺のシーンの撮影が終了しても、ショッキングな現場を目の当たりにしたエキストラの子どもたちは、涙を止めることができませんでした。
ある女性は撮影が終わると気絶してしまいました。
親を殺され、家を焼かれて逃げまどう子どもたちを見ていたアンワルは、「ここまでひどい光景になるとは思っていなかった」と呟きます。
「子どもたちの未来はどうなってしまうのだろう。残りの人生俺を恨み続けるだろう」と言って、ふさぎこんでしまうのでした。

海を見ているアンワルに、監督は「因果とは何ですか?」と尋ねます。
アンワルは自然の法則のようなものだと答えて、「見渡す限りの闇が広がっていて恐ろしい」と、海を見ながら漏らします。

次のシーンでは、アンワルが血糊をつけて、拷問される共産主義者の役を演じます。
殺す側に扮したヘルマンによって、アンワルは首に針金を巻かれて絞められますが、途中で右手を痙攣させます。
カットの声がかかると、アンワルは「限界だ」と呟き、苦悶の表情を浮かべるのでした。

家族とショッピングに訪れているアディは、虐殺を正当化する発言をします。
殺された人々が為す術なく死を受け入れたと思うことで、自分を保っていると語り、「おかげで罪悪感もないし、悪夢にも縁がない」と言うのでした。

映画のラストシーンでは、司祭のような衣装に身を包んだアンワルと女装したヘルマンが、荘厳な滝に打たれています。
アンワルが好きな歌「ボーン・フリー」に合わせて、針金を首に巻いた被害者の亡霊が2人現れて、「私を処刑し、天国へ送ってくれたことに1000回の感謝を」と語ります。そしてアンワルの首に金メダルをかけて、握手をするのでした。
映像を見たアンワルは、「素晴らしいものが作れた」と、監督を絶賛するのでした。

その後、自宅で完成した映画を見ていたアンワルは、自分が拷問を受けているシーンを孫たちに見せたいと言い出します。
監督は残酷すぎると言って止めますが、アンワルは孫たちを呼んで膝に乗せて、「じいちゃんが太っちょに痛めつけられるよ」と説明します。
しかし、孫たちは嫌がってすぐにその場を去り、アンワルは自分が針金で首を絞められる場面を見て、沈み込んでいきます。
やがて彼は「俺が拷問した人たちも同じ気持ちだったのかな」と呟き、今なら彼らの気持ちが理解できると監督に告げました。
すかさず監督は「実際に拷問を受けた人の恐怖はこんなものではない」と指摘しますが、それでもなおアンワルは「わかる」と言うのでした。

そして、アンワルは再び大勢の人を絞殺したビルの屋上にやってきます。
「たくさんの人を殺した報いを、いつか受けるのかな」と漏らした彼は、突然激しい嗚咽を上げます。
「いけないことだが、やるしかなかった」と言って、ヨロヨロと現場を立ち去るアンワルの背中が映し出される場面で、物語は幕を閉じます。

エンドクレジットでは、大勢の現地の制作スタッフが、名前を明かすと危険という理由から「ANONYMOUS(=匿名)」となっていました。

みんなの感想

ライターの感想

衝撃的な作品で、しばらくの間言葉を見つけることができませんでした。鑑賞中はあっけらかんと殺人を正当化する彼らに嫌悪感を抱いていたのですが、ラストシーンで見せたアンワルの苦悶の表情を見て、彼も自分と同じ人間なのだと気づかされ、何とも言えない気持ちになりました(あれが演技ではないことを願いたいです)。時代と状況が一致したら、自分もこうなる可能性があるのかもしれないと思うとぞっとしますが、本当に観てよかったです。

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