映画:マグダラのマリア(メアリーマグダレン)

「マグダラのマリア(メアリーマグダレン)」のネタバレあらすじと結末

ヒューマンドラマ

マグダラのマリア メアリー・マグダレンの紹介:2018年製作のイギリス&アメリカ合作映画。新約聖書中の福音書に登場する、イエスに従った女性、マグダラのマリアについて綴った映画。

あらすじ動画

マグダラのマリア(メアリーマグダレン)の主な出演者

マグダラのマリア(ルーニー・マーラ)、イエス・キリスト(ホアキン・フェニックス)、ペトロ(キウェテル・イジョフォー)、イスカリオテのユダ(タハール・ラヒム)、ラケル(アリアネ・ラベド)、ダニエル(デニス・メノチェト)、スザンナ(ルブナ・アザバル)、サラ(ハダス・ヤロン)

マグダラのマリア(メアリーマグダレン)のネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

①マグダラに住む若い女性・マリアは、イエスと出会うことで神に仕えることを決意。当時、女性が洗礼を受けることは珍しかった。イエスはマリアも連れて伝道をおこなう。 ②マリアの影響もあり、夫や父に仕えるのが当然と言われていた女性たちも、次々と洗礼をうけるように。救世主といわれたイエスは磔刑に処され、マリアはその復活を目にした。

【起】- マグダラのマリア(メアリーマグダレン)のあらすじ1

マグダラのマリア(メアリーマグダレン)のシーン1 〝女は尋ねた「神の国とはどのようなものか?」
主は答えた「それは種(たね)のようなものだ。ひと粒のからし種だ。女は種を庭に蒔(ま)く。種は芽を吹き、成長し、大きな枝を張り、そこに鳥が巣を作る」〟


〝紀元33年、ユダヤ
ユダヤ人はローマ帝国を後ろ盾に持つ
ヘロデ・アンティパス王の圧政に苦しんでいた
反乱が頻発し、平和とは程遠い時代
人々は預言された救世主が現れ
神の国の到来が告げられることを望んでいた〟


古代のイスラエル・ガリラヤ地方の小さな都市、マグダラ。
若い女性・マリアはひたすら、家事にいそしんでいました。
家には父・ダニエルと兄夫婦が住んでいます。
マリアは、兄の妻のお産の手伝いをし、励まします。
赤ん坊は無事に生まれ、マリアは喜びました。

この当時のマグダラでは、親が決めた相手と幸福な結婚をすることが、女性としての本分とされていました。
妻と死別し、幼い子どもを抱えた男性・エフライムとの再婚を、マリアは父・ダニエルから勧められます。

勧められる…厳密には、ほぼ決定事項でした。
マリアはエフライムとの結婚を半ば強制的に決められ、花嫁衣装も用意されます。
しかし気が進まないマリアは、結婚式を抜け出してお祈りの場に逃げました。
結婚は台無しになり、マリアは父に責められます。
しかしマリアとしては、結婚よりもしなければならないなにかが、あるように思えてなりませんでした。


娘が反抗的になったのは、悪霊が取り憑いたためだと考えた父・ダニエルは、悪霊祓いの儀式を受けさせられます。
川で何度も水に沈められ、コインを額につけられるうちに、マリアは気絶しました。
見かねた兄が、「癒やし手」を連れてくると言います。

マリアの兄が「癒やし手」として連れてきたのが、イエス・キリストでした。
イエスはマリアの相談に乗ります。
マリアは、自分が何をしたいのか、漠然としか分かっていませんでした。癒やし手であるイエスに、「神はどこにいるのか」と質問します。
イエスは「神は常にいる」と答えると、マリアに手をかざして立ち去りました。
マリアの家族には、悪霊など取り憑いていないと答えます。
マリアは、自分の話を終始穏やかに聞いてくれたイエスのことが、気になります。

【承】- マグダラのマリア(メアリーマグダレン)のあらすじ2

マグダラのマリア(メアリーマグダレン)のシーン2 この日を機に、マリアは神の身につかえることを考え始めました。
ところが父・ダニエルは、まだエフラインとマリアの縁談を考えています。

その当時、洗礼は一部の者しか、マグナラではなされていませんでした。
イエスはみんなの前で神について説くと、信仰の大切さを示します。
盲目の女性に、イエスが自分のつばを指につけ、まぶたにつけると、女性の目が見えるようになりました。
奇跡を目の当たりにした都市の者たちは、イエスを「救世主」だと感じ、洗礼を受け始めます。
しかしそれでもまだ、洗礼を受けるのは男性ばかりでした。

イエスは「救世主」と崇められましたが、いっぽうで「悪魔の使い」とも言われます。
マリアは、イエスのそばに近寄りたいと思いますが、周囲の者たちに遠ざけられ、近づくチャンスがありませんでした。


イエスと使徒たちが、次の都市へ移動する日がやってきます。
その頃には、マリアは神に人生を捧げようと考えていました。
父親を振り切り、イエスのところへ駆け寄ると、伝道に加わりたいと言います。
マリアの言い分は受け入れられ、その場で洗礼がなされました。
イエスはマリアを連れていきますが、使徒の中には、女性のマリアを連れていくのを快く思わない者もいます。


ところで。
エルサレムではもうじき、過越祭(すぎこしさい)の時期でした。
ユダヤ教の宗教的記念日で、非常に大事な祭日です。
(注:十の災いが起きた後、ヘブライ人が奴隷という身分から解放されて、エジプトから脱出したことを祝う記念日)

イエスの弟子たちは、その祭りを利用することで、イエスをうまく救世主として扱えないかと戦略を練ります。
その様子を見たマリアは、思わず「あなたたちは軍人なのか」と声をあげました。
しかしマリアは弟子になって日が浅いので、意見は退けられます。

マリアには幼い頃、弟と水遊びで深く潜った時に、水の中が快適であったという経験を持っていました。
ことあるごとに、マリアはそのことを思い出しています。
その話を、マリアはイエスに話しました。

【転】- マグダラのマリア(メアリーマグダレン)のあらすじ3

マグダラのマリア(メアリーマグダレン)のシーン3 ガリラヤのカナへ移動したイエスは、女性にも洗礼を受けさせようと考えます。
マグダラと同じく、この土地でも「女は父や夫に従属すべき」という考えが、まかりとおっています。
イエスは「男ではなく、神に仕えろ」と呼びかけました。
自分の意見を受け入れる女性たちに、マリアが洗礼を受けさせます。

死者のところへ癒やし手として赴いたイエスは、死んでいる男を生き返らせました。
死者を蘇らせたことで、イエスはますます「救世主」扱いされます。
マリアもイエスに全幅の信頼を寄せました。イエスもマリアに、なにかにつけ自分の意見を話します。


イエスと弟子はエルサレムへ、ペトロとマリアは伝道の旅に出るため別れます。

サマリアに、ペトロとマリアは行きました。
そこにはローマ人が攻め入ったらしく、村人たちが焼け死んでいました。
石の神殿のところで生きている者をみつけたマリアは、助けようと考えます。
ペトロは次の町へ行きたがりますが、マリアは生き残りの手当てに余念がありませんでした。

マリアを弟子と認めたペトロは、イエスとの出会いの話を聞かせます。
ペトロの息子が、漁具を砂に隠したときに、ペトロはイエスと出会ったそうです。
漁の生活に疑問を覚えていたペトロは、イエスの説得に共感し、弟子入りしました。


エルサレムへの道。

イエスは母親と再会します。
母はイエスと会えたことを喜んでいました。
夜、マリアと話をしたイエスの母は、「(息子のイエスを)愛しているなら、覚悟なさい。あの子を失うことを」と言います。


エルサレムの過越祭がやってきました。

その頃にはイエスの名は、広く知られるようになっていました。
預言者が来たと、人々は触れまわります。
イエスが過剰に祀りあげられていることに、マリアとイエスの母は心配しました。
しかし、すでに流れは止められません。

【結】- マグダラのマリア(メアリーマグダレン)のあらすじ4

マグダラのマリア(メアリーマグダレン)のシーン2 羊の供え物をする司祭に対し、イエスが商業主義に走っていることを指摘しました。
イエスの言うことは正論で、民衆たちが暴走を始めます。
マリアたちはその群れを抜けて、かくれがに行きました。

同じ頃、ユダはイエスに大いなる期待を寄せていました。
ところがイエスが、自分の思うようなことを口にしてくれず、落胆します。
ユダは少しずつ、イエスと離反することを考えます。


イエスが「神のもとへ行く」と言い始めました。預言です。
弟子たちが心配し、カナへ戻ろうと相談しはじめました。
マリアはイエスを追いますが、両者ともに襲われ、マリアは気絶します。

マリアが気絶から覚めると、イエスは磔の刑に処されようとしていました。
茨の冠をかぶらされ、両手をはりつけにした状態で、ゴルゴダの丘を歩かされます。
丘の上まで着くと、イエスの足も釘づけにされました。
マリアはそれを見て、悲しみます。


悲しみはしますが、その後もマリアは、イエスを見守り続けます。
マリアに手を握られたユダは、罪悪感から「家族のもとへ」と言い、去りました。
死んだイエスは、埋葬されます。
その後、ユダは首吊りをしました。


目覚めたマリアは早朝、唐突に「イエスが死をも乗り越えた」と悟ります。
太陽がのぼるとともに、イエスの姿が見えたことを、マリアは他の弟子たちに話しました。
そして「神の国は目に見えるものではなく、みんなの心のなかにあるものだ」と告げます。

マリアの言葉に半信半疑だった弟子ですが、ペトロが「信じる」と言いました。
ただしペトロはマリアに対し、「イエスの心を弱くした存在だ」と責めます。
ペトロとマリアは切ない思いを抱えつつ、物別れに終わりました。

外へ出て再び朝日のなかのイエスを見たマリアは、笑顔を浮かべます。

〝それは種(たね)のようなものだ。ひと粒のからし種だ。女は種を庭に蒔(ま)く。種は芽を吹き、成長し、大きな枝を張り、そこに鳥が巣を作る〟


〝聖書によると、マグダラのマリアは
イエスの復活の最初の証人であった
591年、グレゴリウス1世が
マリアは娼婦だったと主張
その誤解が今日(こんにち)も残っている

2016年、マグダラのマリアは
イエスの復活の証人として
使徒と同等の地位を認められた〟

みんなの感想

ライターの感想

えーと。宗教映画なので、やはりそれなりに知識が必要。
映像は美しい。音楽もしっくりくる。音楽担当のヨハン・ヨハンソンの遺作にあたる。
青い瞳のマリアでも違和感はなかった。荘厳な感じ。
ただ…キリスト教に興味を持つ人や、宗教映画を見たいという人じゃないと、面白くないかも。
淡々と描かれ、特に細かな注釈が入るわけではないので、ほんとにそれなりの知識を要する。
日本受けは、しないんだろうな。

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