「ラストエンペラー」のネタバレあらすじと結末、みんなの感想(1件)

ヒューマンドラマ

【転】– ラストエンペラーのあらすじ3

ラストエンペラーのシーン3

画像引用元:YouTube / ラストエンペラートレーラー映像

溥儀が城の政治に関わり始めたので、城内では不穏な空気が漂っていました。それを不安に思った妻の婉容が寝所を訪れ、さらに文繡もやってきました。3人は布団のなかで仲良く過ごします。

そのとき保管庫が火事だという知らせが入りました。証拠隠滅を狙った宦官が放火をおこなったのです。溥儀は城内の宦官を追放処分しました。宦官は「身体の一部(切り取った性器)」を持って城を去りました。宦官は亡くなった際に、その一部を墓に入れて埋葬されるのです。

時代は1924年になっていました。溥儀たちがテニスをしていると、日本軍がやってきました。北京政変が起きており、溥儀らは1時間以内に城を立ち退くよう要求されました。溥儀はジョンストンに頼んで英国大使館に庇護を要請します。しかしイギリスは国際問題を嫌ってそれを受け入れませんでした。溥儀の身を引き受けてくれたのは、同年代の天皇がいる大日本帝国だけでした…。

(1950年代)

溥儀は収容所で詳しく聞き取りを受けています。溥儀は「天津へ行った」と話しました。21歳のときのことで、世間では蒋介石の上海制圧が報じられたころでした。

〔天津 1927年〕

…(過去の回想)日本に庇護された溥儀は、妻・婉容、側室の文繡とともに天津へ居を移します。そこで溥儀と婉容は「ヘンリーとエリザベス」と呼ばれていました。連日開かれる社交界でも楽しく過ごします。しかし側室の文繡は孤独でした。西洋では妻が1人だけだと言い「離婚したいわ」と溥儀に言い続けます。

蒋介石が上海を制圧したニュースが伝えられると、日本の甘粕正彦が「日本公使館へ」と誘いました。

溥儀は離婚に反対しますが、文繡は雨の夜にこっそり抜け出して去ります。

文繍がいなくなったのと同時期に、婉容には「東洋の宝石」と呼ばれる女性・川島芳子が接近しました。芳子は溥儀の遠い親戚なのですが、「私スパイなの」と冗談とも本気ともとれることばを吐き、婉容の気持ちを釘付けにしました。「蒋介石の軍が清皇帝の墓を暴き、西太后の遺体が切り刻まれ、真珠のネックレスが蒋介石の新妻への結婚式の贈り物にされた」という話を芳子は言いました。芳子は婉容にアヘンを勧めます…。

(1950年代)

溥儀は収容所の者たちに詰問されます。溥儀が満州へ移動した件に関し、溥儀自身は「誘拐された」と記述しました。所長はジョンストンの著作『紫禁城のたそがれ』を引きあいに出します。本を渡すと所長は「449ページに書いている。自由意志でと」と言いました。それでも溥儀が否定したので、所長は使用人の大李を呼んで証言させます。ジョンストンの名を聞いた溥儀は、懐かしく思い返します。所長は「これで事実を思い出せ」とTIME紙の表紙を溥儀が飾る雑誌を見せます。

〔天津 1931年〕

…(過去の回想)ジョンストンとお別れのときが近づいていました。溥儀はいままでの感謝もこめて扇をプレゼントし、両者は固い握手を交わして別れます。

〔天津 1934年〕

所長の言う通りでした。溥儀は満州に自由意志で行っていました。中国の皇帝になれなかった溥儀は、満州国の皇帝になろうと向かったのでした。

満州国で溥儀は、皇帝の地位に就きます。しかしそれは名ばかりのもので、傀儡でした。それに気づいた妻・婉容は、涙を流しながら蘭の白い花びらを次々に口にします。そして溥儀に対し「なぜ自分を抱かないのか」と反駁しました。溥儀の弟・溥傑の妻・嵯峨浩は身重でした。自分も子が欲しいと訴えますが、溥儀は母を殺したアヘンを憎んでおり、アヘン中毒になっている婉容を抱かないのでした。悲しむ婉容に近づいた芳子は、「優しく満たしてあげる」と言ってさらにアヘンを勧め、同性愛の関係になります…。

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