「ラストエンペラー」のネタバレあらすじと結末、みんなの感想(1件)

ヒューマンドラマ

【結】– ラストエンペラーのあらすじ4

ラストエンペラーのシーン4

画像引用元:YouTube / ラストエンペラートレーラー映像

(1950年代)

収容所で暮らしているにもかかわらず、溥儀は身の回りのことをすべて召使にさせていました。靴紐すら自分で結ばない溥儀を見た所長は、房を移動させて溥儀を一族と離しました。溥儀は抗議しますが所長は聞き入れませんでした。溥儀はひとりで自分のことを始めます。

〔満州 1935年〕

…(過去の回想)皇帝になった溥儀ですが、満州で自分の力が及ばないことを少しずつ気づき始めます。吉岡安直・中佐の命令で武装解除され、国務大臣だった鄭は息子が暗殺されて辞職に追いやられ、チャン・チンフイ(張景恵)が満州の新首相になっています。

溥儀は異議を唱えますが、溥儀の言うことなど誰も相手にしません。会議で溥儀以外の者は席を立って去ります。

食事の席で婉容が溥儀に妊娠を告げます。父親は満州人だから有利に運ぶだろうと話していると、そこへ甘粕と吉岡がやってきて首相任命のサインをするよう迫ります。甘粕は、婉容のお腹の子の父親は運転手のチャンだと言いました。溥儀はサインを迫られました。

夜、銃声が響きます。運転手が暗殺されたようです。

婉容は出産しました。しかし医師は生まれたばかりの赤子に注射を打つと、死産だと告げます。さらに婉容には静養が必要だと言って溥儀から引き離されます。溥儀は次第に孤立していきます。その様子を、芳子と甘粕がこっそり指を絡め合いながら見ていました。

(1950年代)

獄中で戦犯対象に歴史映画が放映されます。中国共産党が作った内容で、そこでは大日本帝国がおこなった悪の限りが指摘されていました。溥儀のことも話題になっており、思わず溥儀は席を立ってしまいます。

…(過去の回想)日本の敗戦により、満州国は滅亡しました。溥儀も校庭ではなくなります。甘粕は拳銃自殺をしました。

溥儀は弟・溥傑の勧めもあり、亡命を考えます。その直前に屋敷へ戻ってきた妻・婉容と再会しますが、婉容はアヘン中毒で足取りもおぼつかなくなっており、溥儀のことも無視します。その後、溥儀は亡命を図りますが、途中で捕まったのでした…。

(1950年代)

映画を見た溥儀は、一転して今度は「すべての告発書にサイン」しました。そのなかには日本軍が人体実験した書類もあり、所長はおかしいだろうと指摘します。すると溥儀は「すべて私の責任なんだ。私を放っておいてくれ。私を利用したいんだろう」と言います。

〔1959年〕

戦犯として10年間服役していた溥儀でしたが、最高人民裁判所の命令により、特別恩赦が下りました。溥儀の出所が決まります。それを喜んだ所長は「私のほうが監獄生活が長くなるだろう」と話します。

〔北京 1967年〕

出所した溥儀は、庭師としてつつましく生活していました。植物園の手入れをしていると、文化大革命で近衛兵がデモをおこない、罪人のように連れまわすなかに所長の姿を見つけます。

溥儀はそこへ近寄ると「彼はすばらしい先生だ。なにかの間違いだ」とかばおうとしますが、聞き入れられずに所長は連れていかれます。

その後、溥儀はふらふらと紫禁城へ行きました。立ち入り禁止の玉座へ入ろうとすると、博物館の守衛の子どもが注意します。溥儀は「私は昔ここに住んでいたのだ」と言い、玉座の裏に隠したコオロギの壺を取り出しました。子どもに渡します。

子どもが壺を開くと、生きたコオロギが出てきました。子どもが顔をあげたとき、溥儀の姿はありませんでした。

時代はさらに移り。現在の紫禁城には解説する観光ガイドについて、おおぜいの観光客がいました。

3歳で皇帝になった溥儀は1967年、ひっそりと亡くなりました。

次のページで映画の感想を見る

次のページへ
1 2 3 4 5

「ラストエンペラー」と同じカテゴリの映画

関連記事はこちら

×