「十戒」のネタバレあらすじ動画と結末

十戒の紹介:1956年にアメリカで製作された叙事詩映画。旧約聖書の出エジプト記を映画化した作品で、指導者モーゼをチャールトン・ヘストン、敵対するファラオをユル・ブリナーが演じた。製作、監督、ナレーションはセシル・B・デミルが務め、壮大な物語を当時最高峰の映像技術を用いて実写化。第29回アカデミー賞では特殊効果賞を受賞した。

十戒の主な出演者

モーゼ(チャールトン・ヘストン)、ラムセス2世(ユル・ブリナー)、ネフェルタリ(アン・バクスター)、ヨシュア(ジョン・デレク)、リリア(デブラ・パジェット)

十戒のネタバレあらすじ

【起】- 十戒のあらすじ1

舞台は紀元前のエジプト。ヘブライ人はエジプト人の奴隷として酷使され、困難な時を過ごしていました。ヘブライ人は救世主の到来を待ち続けていましたが、救世主が産まれることを恐れたファラオはヘブライ人の男児を全員殺すという残酷な命令を下します。ヘブライ人の女ヨシャベルはこの苦難から逃れるために生まれたばかりの男児を籠に入れ、ナイル川に流すことを決めます。

男児が流れ着いたのは、エジプト王女ベシアの元でした。籠の中にはヘブライ独特の織物が入っており、この赤子がヘブライ人であることは明らかでしたが、ベシアはかまわず赤子をモーゼと名づけ、我が子として育てることを決めます。亡き夫との間に子宝に恵まれなかったベシアは、ずっと男児を望んでいたのです。

成長したモーゼは勇敢で賢い青年に育ち、軍を率いてエジプトの領地をさらに広大なものとしていました。この状況をおもしろく思わないのは、現ファラオであるセティ1世の実子ラムセス2世でした。ラムセスは何としてでも王位につき、絶世の美女ネフェルタリを妻にしようと望んでいましたが、モーゼはセティ1世の信頼篤く、さらにはネフェルタリとも相思相愛の仲でした。ラムセスは王位継承権争いを有利に進めるために、ヘブライ人の救世主探しに力を注ぎ始めます。かつてヘブライ人の男児を皆殺しにしたとは言え、いつ救世主が現れるのかわからない状況にセティ1世は少なからず不安を覚えていたのです。

一方、モーゼはラムセスが進めていた都作りを引き継ぐこととなり、ラムセスが行っていたヘブライ人の酷使、非合理的な建設計画をすべて見直しました。モーゼはヘブライ人に休みと食料を与え、さらに自ら現場に赴き的確な指示を与えたことで、都作りのスピードは格段に向上。セティ1世はモーゼへの信頼感をさらに強めていきました。

そんなある夜、ネフェルタリの元にベシアの召使メムネットが訪ねてきました。メムネットは赤子のモーゼと一緒に籠の中にあった織物を手に、モーゼがヘブライ人の子であることを明かしてきました。メムネットは長い間ベシアからモーゼの出自の口外を禁じられていましたが、モーゼの王位継承が現実味を帯び始めていることに耐え兼ね、将来の妻となるネフェルタリに真実を告げたのです。メムネットの言葉に激しく動揺しながらも、ネフェルタリは愛するモーゼのためにメムネットを殺害してしまうのでした。

その後、ネフェルタリの元を訪れたモーゼは、ネフェルタリの様子がおかしいことに気づきました。そして、ネフェルタリを問い詰めた結果、自分がヘブライ人の子であることをモーゼは知ってしまいます。

【承】- 十戒のあらすじ2

モーゼはネフェルタリ、ベシアの制止を聞かず、実の家族の元へ向かい、ヘブライ人として生きることを決断します。その日からモーゼはエジプト人から理不尽な扱いを受け、泥にまみれながら重労働に耐える日々を送り始めました。

そんなある日、ヘブライ人の娘リリアがエジプト人総督に無理やり連れ去られる事件が起こります。モーゼはリリアを助けようと総督の屋敷に向かいますが、すでにそのときリリアは恋人ヨシュアの助けによって屋敷から逃げた後でした。その代わり、ヨシュアは総督によってむち打ちされ、傷だらけとなっていました。モーゼが総督を絞め殺しヨシュアを救出すると、ヨシュアは王子であるモーゼが奴隷の姿で目の前にいることに困惑していました。モーゼが自らの出自を明かすと、ヨシュアは感激した様子でこう叫びましだ。「あなたこそヘブライ人の救世主だ」…この二人の会話を、奴隷監督の職にあるダタンはひそかに屋敷の影で聞いていました。

ダタンはヘブライ人でありながらエジプト人にこびへつらい、今の職を得た卑劣な男でした。ダタンがその情報をラムセスに伝えると、ラムセスはただちにモーゼを捕らえセティ1世の前に引きずり出し、その出自を明らかにさせました。信頼を寄せるモーゼが救世主であることに衝撃を受けるセティ1世。さらにセティ1世を失望させたのが、モーゼは自らが救世主ではないと言いながらも、ヘブライ人を救いたいという気持ちを持っていることでした。セティ1世はその場で王位継承者にラムセスを指名、そして国のあらゆるものからモーゼの名前を消すよう命令を下しました。

その後、ラムセスはモーゼをエジプトから追放し、灼熱の砂漠へと置き去りにしました。単に死罪としては、ネフェルタリの心にモーゼが美しい記憶として残ってしまうことを懸念したのでした。モーゼはすでに亡くなったヨシャベルが作ったヘブライ織物のマントをはおり、砂漠をさまよう旅に出ました。

モーゼは長い旅路の果てに、シナイ山のふもとにたどり着き、そこで羊飼いの一家と暮らすようになりました。一家の長女セフォラはモーゼにとって心を癒す存在でした。豪華絢爛な美しさのネフェルタリとは対照的に、質素ながらも心温かなセフォラにモーゼはしだいに心が惹かれ、やがて二人は夫婦となりました。

モーゼはしだいに羊飼いの生活に慣れていきましたが、この地域の人々の信仰を集めるシナイ山には不信感を持っていました。シナイ山には神がいると信じられていましたが、神がいるというならば、なぜヘブライ人が苦しんでいるのを放置するのか、モーゼは不思議でならなかったのです。

【転】- 十戒のあらすじ3

そんなある日、ヨシュアがエジプトから逃げ出し、モーゼにヘブライ人を救出して欲しいと求めてきました。ちょうどそのとき、モーゼはシナイ山に燃える木の姿を見ました。導かれるようにモーゼがシナイ山に登ると、そこには光を放つ木がありました。そしてその光は神と名乗り、イスラエルの民を救い、シナイ山に導くようモーゼに命じてきました。そうすれば、イスラエルの民に律法を授けると言うのです。モーゼはシナイ山から下るとただちにヨシュアたちとともにエジプトへ出発、死の危険は十分にありましたが、モーゼの目には迷い一つありませんでした。

エジプトに着くと、モーゼはラムセスの元に直接赴き、ヘブライ人を解放するよう求めますが、ラムセスは聞く耳をまったく持ちません。モーゼは神から授かった力で、エジプトに次々と災害をもたらしますが、それでもラムセスはヘブライ人の神への服従を拒否しました。

そんな中、ひそかにネフェルタリはモーゼとの再会を喜んでいました。しかし、モーゼの心はすでに神のみに向けられており、人目をしのんで会いに来たネフェルタリに愛の言葉をかけられてもまったく動じません。このことに傷ついたネフェルタリはラムセスをけしかけ、モーゼに決して服従しないようラムセスに決断させます。再び現れたモーゼに対して、ラムセスはこれ以上の災害を起こせばヘブライ人を虐殺すると宣言しました。それに対してモーゼは「次に起こる神の災いはお前の言葉がもたらす」と不吉な言葉を残し、その場を去って行きました。

それからすぐ、ネフェルタリは再びモーゼの前に現れ、ラムセスがヘブライ人の長子を皆殺しにしようとしていることを伝えると、モーゼは顔をこわばらせました。そして、ラムセスの言葉が次の災いとなるとモーゼが予言した通り、エジプト人の長子が皆死んでしまうことをネフェルタリに教えました。ラムセスとの間に一人息子がいるネフェルタリは予想外の言葉に恐怖します。ネフェルタリは懸命に王子の看病をしますが、神の災いから逃れることはできず、王子は謎の病によって短い生涯を終えるのでした。王子だけでなく、エジプト人の長子が全員死んでしまうという現実を前に、ついにラムセスはヘブライ人の解放を決断します。

大勢のヘブライ人がモーゼに導かれてシナイ山へと旅立って行きました。その中には、モーゼの養母ベシアや総督となっていたダタン、そしてヨシュアの安全と引き換えにダタンの妻となっていたリリアの姿もありました。

【結】- 十戒のあらすじ4

ラムセスが息子の死に悲しんでいると、再びネフェルタリがラムセスをけしかけてきました。神であるエジプト王が奴隷に屈したと語るネフェルタリの言葉にラムセスは奮い立ち、モーゼたちヘブライ人を捕らえるため軍を進めることを決めます。ラムセスは自ら戦車に乗り込み、海辺で休息をとるモーゼら一行を襲撃しようと試みました。

しかし、モーゼは神の力を借り巨大な火の柱を起こし、ラムセスらの行く手を阻みました。さらにモーゼは目の前に広がる海を真っ二つに割り、ヘブライ人はその先にある対岸へと急ぎ逃げて行きました。火の柱が弱まったところを見計らってラムセスは軍を突入させるも、割れていた海は突然元に戻り、軍はあっという間に海水に飲み込まれてしまいました。ラムセスは一人帰還、茫然とした表情でネフェルタリに「彼の神こそまことの神だ」と語り掛けるのでした。

ヘブライ人たちがシナイ山の麓に着くと、神から律法を授かるためにモーゼは単身山を登りました。神は火の柱となってモーゼの前に現れ、岩山に十の戒めを刻んでいきました。

私の他に神があってはならない
自分のために偶像を作ってはならない
そなたの神である主の名をみだりに唱えてはならない
聖なる主の日を心にとどめよ
そなたの父と母を敬え
殺してはならない
姦淫してはならない
盗んではならない
隣人に関し、偽りの証言をしてはならない
隣人の持ち物を欲してはならない

これらの言葉が刻まれた石板を持って下山すると、モーゼはヘブライ人たちが放蕩の限りを尽くしている光景を目撃します。モーゼの帰りを待ちきれず、欲深いダタンの言葉にそそのかされ、ヘブライ人たちは信仰心を忘れて放蕩の限りを尽くしていたのです。ヘブライ人たちはエジプトから持ち帰った財宝で黄金に輝く神の像を作っていましたが、モーゼがそれに石板を投げると、たちまち像は火に包まれました。そして、大地は割れ、神の律法を信じぬと語ったヘブライ人たちは地中深くに落ちていきました。

その後、残ったヘブライ人たちは十戒への服従を試され、40年もの間荒野をさまよう罰を課せられました。老いたモーゼに導かれ、ついにヘブライ人たちはヨルダン川のかなたに広がる約束の地へと到着しますが、ここでモーゼは神の元へ旅立つことを決めます。モーゼは指導者の役割をヨシュアに託し、家族に別れを告げました。「行け、あまねく自由をのべ伝えよ、あの地のすべての民に」…モーゼはそう最後に言い残し、ヨシュアら同胞たちに手を高らかに挙げてみせるのでした。

みんなの感想

ライターの感想

モーゼの波乱の人生を描いた本作は、名優たちによる人間ドラマ、大掛かりな豪華絢爛なセット、迫力の音楽と映像と、あらゆる面で素晴らしい作品ですが、やはり一番の見所は海が真っ二つに割れる名シーンだと思います。現代人から見てもあのシーンには感動させられると思います。また、ユル・ブリナーはミュージカル、映画両方で「王様と私」でわがままな王様を演じた経験が長いためか、本作の中でも自己中な君主がとてもはまっていました。高潔なモーゼを演じたチャールトン・ヘストンとユル・ブリナーとの競演も、本作の大きな魅力だと思います。

映画の感想を投稿する

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

映画「十戒」の商品はこちら