映画:沈黙サイレンス

「沈黙サイレンス」のネタバレあらすじと結末、みんなの感想(3件)

ヒューマンドラマ

沈黙-サイレンス-の紹介:17世紀末、キリシタン弾圧下の日本に布教に訪れたポルトガル人神父の苦悩と生涯を描き第2回谷崎潤一郎賞を受賞した遠藤周作の長編小説「沈黙」の映画化作品。監督/脚本は「タクシードライバー」「最後の誘惑」のマーティン・スコセッシ。共同脚本は「ギャング・オブ・ニューヨーク」でもタッグを組んだジェイ・コックス。主演は「アメイジング・スパイダーマン」「ソーシャル・ネットワーク」のアンドリュー・ガーフィールド。共演は「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」のアダム・ドライバー、「シンドラーのリスト」のリーアム・ニーソン。切支丹役に塚本晋也、笈田ヨシ、窪塚洋介など、奉行井上筑後守をイッセー尾形、通辞役を浅野忠信が演じている。

あらすじ動画

沈黙サイレンスの主な出演者

ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)、ガルペ(アダム・ドライヴァー)、フェレイラ(リーアム・ニーソン)、井上筑後守(イッセー尾形)、通辞(浅野忠信)、キチジロー(窪塚洋介)、モキチ(塚本晋也)、イチゾウ(笈田ヨシ)、モニカ(小松菜奈)、ジュアン(加瀬亮)など。

沈黙サイレンスのネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

①日本に布教に行き消息不明となった師フェレイラ神父からの最後の手紙で酷い宗教弾圧を知った若き神父ロドリゴとガルペは、棄教したと噂される彼の救済と布教のため、マカオで出会った切支丹(日本人信徒)キチジローと共に日本に密入国する。②辿り着いたトモギ村では切支丹のイチゾウとモキチら信徒に匿われ、教義に対する意識の違いに戸惑いつつも司祭の務めを果たし、周囲の村にも切支丹が多く存在し赤貧に喘ぎ弾圧に怯える現実を知る。③やがて村は奉行井上筑後守により陥落、モキチはロドリゴに自作の小さな十字架を託し、イチゾウと共に水刑に散る。2人は分れて逃亡するも、ロドリゴは壊滅した五島でキチジローに密告され奉行所内の牢小屋で囚われの身となる。④神父殺害は逆効果だと知る井上奉行は、ロドリゴに通辞をつけ軟禁、彼の目前でガルペや切支丹らを殺害し棄教を迫る。キチジローは再々現れては告悔と裏切りを繰り返す。⑤井上奉行の差し金で再会したフェレイラは、穴吊りの拷問により棄教し、日本名を名乗り神を否定する書物を執筆、この国では神の概念が異なり教義は誤認され、信徒は歪んだ教義を信じお前のために死んでいると説得される。⑥絶望したロドリゴは穴吊りを望むが、奉行側は背教信徒を拷問、フェレイラに信徒の命か棄教かと迫られ、私を踏めと言う神の声を聞き棄教。⑦彼はフェレイラと共にキリスト教の禁制品の監視役に就き、与えられた日本名と日本人の家族と共に余生を過ごすが、召使となったキチジローの告悔を密かに聞く事も。⑧キチジローが禁制品所持の咎で捕えられ監視は一層厳しくなるが、ロドリゴは棄教を貫き仏教徒として生涯を終え荼毘に伏される。だがその手には妻が密かにモキチの十字架を握らせた。

【起】– 沈黙サイレンスのあらすじ1

暗闇に響く静かな虫の声。やがて真夏を思わせる蝉の大合唱となりますが、”Silence”という白い文字が出た瞬間無音となります。

「1633年、我々にもはや平安は無い。我々は”光の国”=日本も闇の日本も知らない…我々の布教は、迫害と圧迫、辛苦により潰えた…」

雲仙・普賢岳の熱水泉が湧きたつ岩場に数人の外国人神父が引き出されます。役人は押え付けたフェレイラ神父の目前で、彼らにお前らの神デウスは助けに来ないのか、棄教しろと迫り、穴の開いた柄杓で熱湯を掛けますが、彼らは主を讃える言葉を唱え続けていました。

「その光景は地獄そのもの。だが彼らは信仰の強さと内なる神の存在を示すため拷問を望みすらした。その勇気は潜伏する神父たちに希望を与える。怯える信徒たちを見捨てはしない。我々は神の愛の下、より強くあらねば…」

ヴァリニャーノ院長は、恩師フェレイラを追ってポルトガルから来た若き神父ロドリゴとガルペに、この手紙は数年かかってオランダ人貿易商から届いた、彼は棄教し日本人として暮らしているそうだと言い、反論する2人に、この手紙は激しい弾圧下で書かれ事態はさらに悪化している、布教が原因で数千人が殺され棄教した、彼の棄教は事実と断定すると言います。

2人は、ならばなおの事イエズス会への影響や棄教した彼の魂を救うため、早急に探しに行かねばと食い下がり、ついに「これも神の御心、大いなる試練だ。君たちは日本に渡る最後の神父”2人の軍隊”だ」と訪日を許可されます。

1640年5月25日。2人はマカオで日本に密入国するための中国船を手配し、現地でただ1人と言われる日本人キチジローを紹介されます。それは漂流中ポルトガル船に救われたという酔いどれで、英語で長崎の猟師だと言い、俺は切支丹じゃない!切支丹は長崎で殺される!と怒り怯えていました。けれど、協力するなら金を払うというと、家族がいる日本に帰りたい!連れてってくれとすがります。ガルペは彼を軽蔑しますが、ロドリゴは”全ての創造物に福音を伝えよ””我が子羊を牧せ”という主の言葉を思い出します。

3人は中国船から小舟に乗り換え上陸、海辺の洞窟でキチジローを見失い怯えますが、間もなく松明を持った老人と村人が現れ「神父様」と十字を切ります。彼らは隠れ切支丹で、英語でここは日本のトモギ村だと言い、2人を集会所を兼ねた村長イチゾウの家に連れて行きます。

彼らは貧しいながらも”秘密の教会”に属し、真夜中密かにミサをし、イチゾウは司祭役で礼拝と祝福の秘蹟だけは行っていると話し、干した小魚でもてなします。2人はその信仰と勇気を讃えます。

彼らは奉行の”イノウエサマ”に怯え、密告すれば信徒(切支丹)なら銀100枚、イルマン(修道士)なら200枚、司祭(パードレ)は300枚もの報奨金が出るため誰も信用できないと言い、他村とも交流せず、フェレイラ神父も知らないと話します。

ロドリゴは、イチゾウとモキチがわずかな食料すら口にせず「あなた方が我々の糧です」と涙ぐむのを見て、自らの十字架をモキチに与えます。

村人は彼らを山の中腹の炭焼き小屋に匿い、昼間は隠れ合図が無ければ地下の穴倉に入るよう言われ、夜は村に降り司祭の務めを果たすことに。けれどガルペは、日本語の方言の告悔が解らず、ある日、赤ん坊の洗礼を受けにきた若い女房に「皆は神様と共にパライソ(天国)にいるんですね」と言われ、「神は永遠に天国にいるが、皆はいない」と言い不快感を露わにします。

しかしある雨の日、長崎に行こうか、キチジローを差し向けようかと言い合いになり、たとえ井上が悪魔でも師なら闘うはずだ!と怒るガルペを見てロドリゴは苦笑し、晴れた翌日、久しぶりに日光浴をし自由に飛ぶ鳶を見て神の徴だと微笑みます。が、2人をじっと見つめる見知らぬ村人に気づき、慌てて穴倉に隠れます。

そのまま夜が来て、外からパードレ!と呼ばれますが合図は無くガルペは止めますが、ロドリゴは「我々は切支丹です、あなた方が必要です」という言葉で戸を開けます。

それは昼間の村人で、彼らに平伏し、わしらは五島の村人で信仰が揺らいでいる、子らにお二人が必要です、わしらの村にも来てください!と訴えます。その足は長旅で血塗れでした。またキチジローは同じ五島の出身で、8年前、井上様に責められ彼は踏み絵をしたが、家族踏めず全員殺された、けれど今も神を信じてると打ち明けます。

2人は五島に渡る決意をしますが村人に止められガルペは残り、五島にはロドリゴだけが向かう事に。

ロドリゴは夜明けに舟で五島にたどり着き、キチジローたちが嬉しそうに出迎え、早速司祭の務めが始まります。また彼を頼って近隣の信徒が集まり、フェレイラ神父を知る老信徒にも巡り合いますが、彼は迫害以前に長崎のシンマチに赤ん坊や病人の家を作り尊敬されていたがどうなったかはわからない、今は危険だから行かない方がいいと言われます。

ロドリゴは100人以上に洗礼を授け、告悔を聞き、信仰より形ある物を崇める彼らに戸惑いながらも、”信仰の徴(しるし)”として小さな藁の十字架や聖画のメダル、彼のロザリオの珠などを分け与えますが、キチジローだけは受け取りません。

浜で2人きりになった時、彼はロドリゴに、かつて井上奉行に捕えられ踏み絵を強要された際、彼自身は家族を思い棄教したが、家族は拒絶し全員生きながら火刑にされ、それを己の役割だと信じ見届けた酷い過去を打ち明け、「お許しください!俺は罪を侵しました!」と号泣して懺悔し、その一件でロドリゴは自身の役割と喜びを実感します。

そこにイチゾウが捕まったと知らせが入り、彼はキチジローと共にトモギ村に戻ります。

井上奉行は侍と共に村人全員を道に並ばせ、その前を縄を掛けられたイチゾウを歩かせ、他に切支丹はいないのか?と問い質します。

モキチは、これまでどんなに辛くとも年貢もきちんと納めて来た、わしらは皆仏様にお仕えしておりますと言いますが、侍は、捕まえたいのは切支丹とそれを匿う者だ、褒美をやる!と銀の袋を見せつけます。井上奉行は一旦イチゾウを解放、3日以内に返事が無ければ、彼とモキチの他2名を長崎に連行すると言い去って行きます。

その夜の集会では、ロドリゴたちは「役人は何度でも来るし村人全員が殺される、我々が出て行くしかない、皆で五島に逃げよう」と言いますが、モキチは絶対口を割らないから村に残って欲しいとすがり、一方キチジローは五島民として受け入れを拒否、パードレのせいだと非難する者、恩知らず!と罵る者など騒然とする中、イチゾウは「パードレはわしらが守る」と断言、わしとモキチはデウスに奉ずると言い同朋を募りますが、手を挙げたのはたった1人の若者だけで、残りはキチジローをよそ者、密告者と責め、彼に押しつけます。

翌日、志願者は炭焼き小屋に集まり、キチジローは怯え、モキチは村人を守るため踏み絵を踏んでしまうかもと迷い2人にどうすべきかを問い、ロドリゴは「踏め」と言い、ガルペは「踏むな」と言います。

祈り終えたモキチはロドリゴに、小さな木彫りの十字架を見せ「これはイチゾウ爺様のために私が作った物で、あなた方が来るまではこれが全てでした」と託し、返せる物が無いと嘆くロドリゴに「私は神様を愛してる、それは信仰と同じですね?」と言い、共に泣きます。

その後、侍たちがやってきて、村人たちの前で踏み絵を強要しますが4人とも従い切り抜けます。が、さらに大振りの磔刑像の十字架に唾を吐き聖母マリアを淫売と罵れと強要、それにはキチジローだけが従い解放されますが、イチゾウたちは拒否して捕えられ、村人らが見守る前で、激しい波が打ち寄せる磯で磔にされ、満潮により水死する水刑に処せられます。

イチゾウと若者は間もなく死亡しますが、モキチは4日間生き、先に逝った2人が天に召されるよう神に祈り、細い声で賛美歌を歌う凄惨な最期でした。3人の遺体は岩場で燃やされ、崇められないよう遺灰は海に捨てられました。

「”死は無意味ではない”とあなたは言われる。神は、祈りは聞くが叫びは聞こえたか?苦しむ彼らに神の沈黙をどう説明する?それを理解するため全ての力が要る」…ロドリゴは、ヴァリニャーノ神父にそうしたためて最後の手紙とし、2人は役人の山狩りを回避するため、舟でロドリゴは五島にガルペは平戸へと、分れ分れに逃亡する事に。

別れ際ロドリゴは、我々のために村人が死んだのに卑怯者の気分だと嘆くガルペに、彼らは”我々のために”死んだのではない(神に殉じたのだ)と励まします。

「ヴァリニャーノ神父…私の若さと疑念をお許しください。ミサや祈りの時に私とガルペを思ってください。忠実なる弟子より」…

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