映画:沈黙サイレンス

「沈黙サイレンス」のネタバレあらすじと結末、みんなの感想(3件)

ヒューマンドラマ

【転】– 沈黙サイレンスのあらすじ3

翌朝、通辞は絶望し抗うロドリゴを無理やり牢から引き出し、大きな寺院に連れて行きます。

2人は線香の匂いと読経に満ちた中庭の廊下に座り、通辞は誰に合うのか推量したか?、井上奉行の命ではあるが先方の望みでもあると話します。

目付役の老僧と共に現れたのは、和装のフェレイラでした。ロドリゴは泣きながらフェレイラ神父と呼び、再会できた喜びをかみしめ何か言ってくださいと言いますが、彼はこんな時何を言えばいいのだと目を伏せます。

彼はすでに一年ほどその寺に留まり、井上奉行の命で天文学の本を書いている、この国には豊かな知識がある、やっとこの国の役に立ててうれしい、充実していると話します。

けれど通辞は彼を沢野殿と呼び「顕偽録」というキリスト教の不正を暴きデウスの教えを反証する本も書いていると話せと促し、彼は諦めたように題名の意味は”欺瞞の開示、暴露”という事で、井上奉行にも良い出来だと褒められたと言います。

ロドリゴは泣き、真理を毒のように扱うとは!人の魂を歪めるなど拷問より残酷だと叫びます。

通辞は彼は今は沢野忠庵という名で、フェレイラと呼ぶのはお前だけだ、彼に仁慈の道を導いてもらうがいい、我を捨て人の心に干渉してはならん、仏の道もキリストも人に尽くすことを本懐とする点では似ているのだから一方に寄らなくてはいいではないかと諭します。

またフェレイラは彼に耳の後ろの傷を見せ”穴吊り”の痕だと言います。それは耳の後ろに穴を開けて血を滴らせ、頭に血がたまり即死するのを防ぎ、穴の中に逆さに吊られて蓋をされ、滴り落ちる自らの血の音を聞きながら衰弱死するという拷問で、彼は井上奉行直々にその拷問を受け棄教したのです。

通辞は、お前はこの国最後の司祭だ、井上様は棄教すれば穴吊りは避けて下さる話の分かる方だと言い、フェレイラは、15年この国で布教したが、我々の宗教はこの国には根付かない、この国は沼地で苗を植えても根が腐るのだと説得します。

そして、葉を広げた時もあったじゃないかと言うロドリゴに、日本人が信じたのは歪んだ福音だ、我々の神など信じてはいない、そして抗うロドリゴが聖ザビエルの名を口にした途端、彼はこの国で”神の御子(サン/son)”を教えるため”大日”と教えた、”大日”とは”太陽(サン/sun)”の事で、イエスは3日目に甦るが日本では毎日”(神の御子=)太陽(sun)”が昇る、彼らは自然の中にしか神を見いだせない、人間を超えるものは無い、キリスト教の神の概念が持てないのだと話します。

ロドリゴは、泣きながらこの国で見た殉教者は皆信仰に燃えていた、彼らは”無”のために死んだのではないと訴えますが、フェレイラは、「彼らはキリストの神のために死んだのではない、お前のために死んだのだ」と言い、”山河を改む”=山河は変わっても人の本性は不変だ、我々は人の本性を日本で見出した、それが神を見つける事だと諭し、情けない!恥さらしだ!もう神父とは呼べないと罵るロドリゴに、私には死刑囚から継いだ日本名があり妻子もいる、それで結構だと言い去って行きます。

ロドリゴは穴吊りを望み、ある日強力の者が来て彼を縛り上げ、再び町を引き回されますが、辱めは私に勇気を与える!と強がる彼に、通辞は「善人のお前は苦しみに耐えられん。井上奉行は今夜お前が棄教すると言った、フェレイラの時も言い当てた」と囁きます。

彼は四方が塞がれた牢部屋に入れられ、柱に刻まれたポルトガル語の聖句を指でなぞり、ゲッセマネの園でのイエスの苦悩を思い祈りを捧げますが、周囲から聞こえる酷い呻き声に堪えられず耳を塞ぎます。そこに再びキチジローが来て赦しを乞いますが役人たちに追い出されます。

騒ぎが収まると、呻き声はさらにひどくなり、彼は堪え切れず格子を叩き、誰かが苦しんでるのに見張りは犬のように鼾をかいてる!助けてやってくれ!と訴えます。

やってきたのは通辞とフェレイラで、彼は「あれは鼾ではなく、穴吊りされている5人の信徒の声だ」と言い牢に入ってきて、”ラウダーテ エウム”=「讃えよ、主を」柱の文字は私が石で彫ったものだと言い、「お前は私と同じだ。自分をゲッセマネのイエスに重ねているだろうが、穴の5人は己をイエスに重ねたりはしない!お前に彼らを苦しませる権利があるのか?!」と口説きます。

ロドリゴは悪魔の囁きだ!と怒鳴りますが、フェレイラはさらに「彼らを救えるのは祈りか?だがその見返りは彼らのさらなる苦しみだ、私も祈ったが役に立たん、私もここで彼らの呻き声を聞き意を決した、止められるのは神ではない、お前なのだ」…彼は、嗚咽し耳を塞ぐロドリゴに「さあ、祈るがよい。目を開けて祈れ」と言います。

庭に引き出されたロドリゴは、フェレイラの言葉を理解し、言葉を失います。

そこには5つの穴にズダ袋に入れられ逆さに吊られ、苦悶の声を上げる信徒たちがいました。

フェレイラが「彼等は助けを求め、お前は神に祈る。神は沈黙するが、お前は?」と問いかける隣でロドリゴは「棄教しろ!”転ぶ”!”転ぶ”!」と日本語で絶叫しますが、彼らはすでに何度もそう言ったが、お前が棄教しない限り救われないと言われます。

そしてフェレイラは「司祭はキリストにならうと言う、キリストがここにいたら…彼らを救うために棄教したはずだ」と言い、彼の肩を抱き「今まで誰もしなかった最も辛い愛の行為をするのだ」と呟き、キリストのレリーフを彼の前に置きます。

ゆっくりレリーフに歩み寄るロドリゴの耳から全ての音が消え、神の声が聞こえます。

「それでよい。踏みなさい。私は人々の痛みを分かつためこの世に生まれ、十字架を背負ったのだ…お前の命は私と共にある…踏みなさい…」ロドリゴは、レリーフに足を乗せ、地べたに突っ伏して肩を震わせます。

フェレイラは屋敷の中から様子を見ていた井上奉行に一礼してロドリゴの肩を抱き、通辞は信徒を上げるよう合図し、それぞれの信徒から安堵の息が漏れ聞こえます。

遠くで一番鶏が時を作り、蝉が鳴き始めます。

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