映画:海難1890

「海難1890」のネタバレあらすじと結末

海難1890の紹介:1890年に日本で起こった海難事故「エルトゥールル号遭難事件」とイラン・イラク戦争におけるトルコの邦人救出を描いた作品で、制作は日本とトルコの合同で行われています。第39回日本アカデミー賞では10部門にノミネートされるなど多くの評価を受けた話題作でもあります。主演女優の忽那汐里とトルコ人俳優のケナン・エジェは2つの時代にまたがった異なる役を演じており、英語でのやりとりも多く見られる作品です。

あらすじ動画

海難1890の主な出演者

1890年 田村元貞(内野聖陽)、ムスタファ(ケナン・エジェ)、ハル(忽那汐里)、ベキール( アリジャン・ユジェソイ)、藤本源太郎(小澤征悦)、オスマン・パシャ(ウール・ポラト)、お雪(夏川結衣)、工藤(竹中直人)、佐藤(笹野高史) 1985年 春海(忽那汐里)、ムラト(ケナン・エジェ)、山元(金子昇)、木村(宅間孝行)、野村(永島敏行)、トゥルグト・オザル(デニズ・オラル)

海難1890のネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

【起】- 海難1890のあらすじ1

海難1890のシーン1 1889年、ムスタファらオスマン帝国の海兵たちは、明治天皇に謁見するため、日本へ向けて長い航海をしていました。
オスマン帝国の軍艦「エルトゥールル号」には600名以上の海兵が乗船し、ムスタファ機関大尉はそこで機関士のベギールと知り合います。
その後エルトゥールル号は順調に航海を続け、出港から2ヶ月後に日本へと到着し、明治天皇への謁見を終えたあと、帰途につくことになるのでした。
日本でのお土産として日本人形や兜の飾りを持ち込む船員たち。
機関士のベギールは、丸と三日月の形をした兜飾りを機関室に張り付け、日本とオスマン帝国に見立てたその土産品を、生まれたばかりの息子に見せてやると語ります。
しかしエルトゥールル号は、帰りの航海で台風に見舞われてしまいます。
幾度となく荒波にもまれながら、船員たちは総出で帆を張り、舵をとり続けますが、あまりの強風に帆がもたず、予断を許さない状況でした。
船員たちは近くに寄港することを検討しますが港は見つからず、荒れ狂う海の中でついには最後尾の帆が折れてしまいます。
船には水が入り、絶望的な状況の中、船員はかすかに光る灯台の明かりを見つけるのでした。
帆も舵もやられ、推進力として利用できるのはボイラーだけとなり、ムスタファやベギールたちは必死にボイラーの火を燃やし続けます。
しかしとうとうボイラー室にまで海水が流れ込み、燃料までもが水をかぶってしまい、ムスタファらは日本からのお土産品や木箱など、船内にある燃やせるものをかたっぱしから集めてボイラーの中に投げ込んでいくのでした。
やがてエルトゥールル号は現在の和歌山県・紀伊大島沖で座礁してしまい、ボイラーに大量の水蒸気が発生したことで爆発の危険性が高まります。
ベギールら機関士たちは危険を覚悟でボイラー室に残り、自らも残ろうとするムスタファに船員の避難を託すのでした。
ムスタファは甲板に出て避難を呼びかけ、船員を海に脱出させます。
それから間もなくして船内で大きな爆発が起こり、エルトゥールル号は壊滅してしまいます。
その際の爆発音は、紀伊大島に住んでいた村人のもとにも届いていました。

【承】- 海難1890のあらすじ2

海難1890のシーン2 紀伊大島の村人たちは大きな音を聞いて大雨の中海岸へと集まってきます。
そこで目にしたのは海岸に流れ着くおびただしい数の外国人たちの姿でした。
彼らはみな大けがを負っており、村人は台風のなか海に潜り、遭難した乗組員たちを必死に救助します。
救助された乗組員たちは村に運び込まれ、医師の田村元貞と助手のハルは怪我をしている彼らの手当てにあたります。
運び込まれた乗組員の中にはムスタファの姿もあり、呼吸の止まっていたムスタファをハルが見ることになりました。
ハルは過去に許嫁を海で亡くしており、その時のショックから言葉が話せなくなっていました。
ムスタファの容態を見たことでかつての記憶が呼び起こされ、ハルは動けなくなってしまいますが、過去の記憶を必死に振り払い、ムスタファに心臓マッサージをほどこします。
村人たちは凍える乗組員たちのために自分たちの着ていた衣服を着せたり、ただでさえ貧しい村の食料事情を顧みずに遭難者のために尽くすのでした。
ハルの処置のおかげで意識を取り戻したムスタファですが、生存者69人、死者・行方不明者500人以上という大惨事を目の当たりにして、なぜ自分が生き残ってしまったのかと自らを責めます。
医師の元貞以外は英語を話せる人間はいないものの、村人の厚意に次第に心を開いていく乗組員たち。
彼らはしばらく村に滞在したあと、大日本帝国海軍の護衛を受けてオスマン帝国へと送り返されることになるのでした。
出発の日、エルトゥールル号の乗組員たちは多くの村人たちの見送りを受けていました。
骨折をしている乗組員に手製の松葉杖をわたす村人もおり、乗組員は言葉の分からない異国の地で「アリガトウ」と感謝の言葉を口にします。
手厚く見送られ、船へと乗り込むオスマン帝国の軍人たちは、村人たちの真心に触れて涙を流しながら敬礼をするのでした。

【転】- 海難1890のあらすじ3

海難1890のシーン3 多くの乗組員たちが祖国へ帰っていく一方で、島に残されたエルトゥールル号の遺留品を回収するため、ムスタファは村に残っていました。
遺留品の中には亡くなったベギールの土産品である兜の飾りもあり、亡くなった船員のためにも祖国へ持ち帰りたいと考えていたムスタファですが、あるとき船員の遺留品が無くなっていることに気がつきます。
まわりを見渡すと金貨や貴金属を持って走っていく子ども姿が目に入り、ムスタファは村長や元貞に遺留品を返して欲しいと詰め寄ります。
遺留品を盗まれたと思い込み、怒りをあらわにしているムスタファを元貞はある場所へと連れていきます。
そこでは村の女性や子どもたちが、遺留品についた泥や血を布など使って丁寧に拭き取っていました。
それは遺品を家族のもとへ返却する際に、残された家族らに痛ましい様子を見せたくないという村人の配慮がありました。
また村の男たちも船で海岸とエルトゥールル号を行き来し、エルトゥールル号に残された遺留品の捜索を続けていました。
貧しい村ですが人々はみな明るく、ムスタファの容態を気遣ったり、優しく声をかけてくる人ばかりです。
元貞はムスタファに、生活の糧となる漁を休んでまで遭難者のために尽くすことを当然のこととして行なっている村人たちの真心について語ります。
そして村外からやってきた元貞も、かつてこの村の人々の心に感銘を受けており、彼らの真心を守りたいと語ります。
ムスタファは自分の命を救ってくれたハルのもとを訪れ、心からの感謝の気持ちを伝えるのでした。
そして日本の太陽とトルコの月をモチーフにされた兜の飾りを村の海岸に投げ入れると、日本への感謝の気持ちを胸に祖国へと帰っていきました。
それから約100年後の1985年、日本人はイランの首都テヘランで窮地に陥ることになります。
イラクのフセイン大統領がイランとの停戦合意を破棄し、武力衝突が起こったことでイランの首都テヘランにも危険が迫っていたのです。

【結】- 海難1890のあらすじ4

海難1890のシーン2 テヘランで日本人学校の教師をしている春海は、空爆のさなかに地下へと非難し、そこでトルコ大使館職員のムラトと出会います。
イランとイラクが戦争状態に突入したことで、各国はイランに在留している自国民を自国へと避難させますが、日本は政府からの救助の手が届かず、避難が遅れていました。
そんな中、イラクのフセイン大統領は新たな声明を発表し、48時間経過後にイラン上空を飛行する航空機は民間・軍用機を問わず攻撃を行なうと宣言しました。
春海ら日本語学校の教師たちは生徒たちの安否を確認し、邦人保護を日本大使館にかけ合いますが、日本航空は安全を優先して臨時便を出すことができず、自衛隊も法律が整備されていないことからイランに残る邦人の救出が難しい状況となります。
日本大使館は最後の搭乗機となるトルコの便に望みを託し、トルコ大使館に邦人の救出を要請するのでした。
知らせを聞いたトルコのオザル首相は命がけのフライトとなることを考慮したうえで、日本人のためにもう一機の航空機を用意することを決めます。
トルコ航空がパイロットを募ると、その場にいたパイロット全員が手を挙げるのでした。
タイムリミットは刻一刻と迫っていました。
春海は生徒や家族たちのもとを訪れ、イラン脱出に一縷の望みを持って空港へと連れていきます。
混乱に陥っている市街地でムラトに出会い、春海たちは彼の車で空港へと向かうのでした。
しかし空港に着くと、そこには多くのトルコ人たちがチケットを求めて詰めかけており、とても日本人が搭乗できるとは思えない状況でした。
望みが絶たれようとしていたそのとき、大勢のトルコ人の前でムラトが話し始めます。
ムラトは、搭乗機の席を日本人に譲るようにと話し、トルコ人には陸路での避難を呼びかけるのでした。
初めは聞く耳を持たないトルコ人たちでしたが、ムラトは「かつて自分たちの祖先が遠い場所で日本人に命を救われたように、今絶望している日本人を救えるのは自分たちだけだ」と諭し、集まっていたトルコ人たちに判断をゆだねるのでした。
彼らは日本人に道を開け、その場にいた日本人は涙を流しながら頭を下げ、トルコの航空機へと搭乗していきます。
ムラトは春海に遠い昔からの縁のようなものを感じ、春海もまた同じことを思っていました。
春海はムラトに感謝の言葉を告げ、航空機へと搭乗していくのでした。

みんなの感想

ライターの感想

エルトゥールル号の海難事故が克明に描かれており、当時のオスマン帝国の様子や明治期の島の村人たちの様子も興味深く、知られざる歴史を知ることができる有意義な作品だと思いました。
日本とトルコの関係性を知るうえで、多くの人に見てもらいたい映画です。

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