「生きる(1952年)」のネタバレあらすじと結末の感想

生きる(1952年)の紹介:1952年公開の日本映画。監督は黒澤明、主演は志村喬。映画の中で、主人公が『ゴンドラの唄』(吉井勇作詞、中山晋平作曲)を口ずさみながらブランコをこぐシーンは、名シーンとしてよく知られている。

生きる(1952年)の主な出演者

渡邊勘治(志村喬)、渡邊光男(金子信雄)、渡邊一枝(関京子)、渡邊喜一(小堀誠)、渡邊たつ(浦辺粂子)、家政婦(南美江)、小田切とよ(小田切みき)、大野(藤原釜足)、齋藤(山田巳之助)、坂井(田中春男)、小原(左卜全)、野口(千秋実)

生きる(1952年)のネタバレあらすじ

【起】- 生きる(1952年)のあらすじ1

ある市役所の市民課長・渡邊勘治は、30年間皆勤のまじめな男です。
ある日、体調不良で病院の診察を受けた勘治は、自分が胃がんに侵されていて、余命いくばくもない身だと知らされました。
ショックを受けた勘治は、電気もつけずに家で座っていました。
息子・光男が5歳の時に妻に先立たれた勘治は、以来男手ひとつで光男を育てました。光男は一枝という妻をもらい、今は勘治と3人で暮らしています。
父・勘治の在宅を知らない息子夫婦は、勘治の退職金や恩給(年金)をあてに一戸建てをつくり、勘治とは別居しようと相談しました。

【承】- 生きる(1952年)のあらすじ2

大事に育てた光男の薄情さに、勘治は嫌気がさします。
勘治は市役所を欠勤して、街をさまよいました。
知りあった小説家と飲み歩いたり、パチンコやダンスホール、ストリップにも行ってみます。勘治の貯金はどんどん減りました。
一時は気がまぎれますが、その時が過ぎるとむなしいだけです。
そんな折、勘治は部下の女事務員・小田切とよと街で会いました。とよは、辞職願にハンコをもらうため、勘治を探していました。
とよはおもちゃ会社に転職しようとしていました。市役所をさして「あんな退屈なところ」と称したとよの奔放さに、勘治は影響を受けます。

【転】- 生きる(1952年)のあらすじ3

そして自分は今まで本気できちんと生きていたか、考え直しました。
自分の命が残り少ないことを知った勘治は、初めて「命の限りに生きたい」と強く願うようになります。
それとともに、残された時間で自分ができることを模索しました。
翌日、出勤した勘治は、今まで事務的にこなしていた仕事に身を入れておこなうようになります。
…5か月後。勘治は亡くなり、通夜がいとなまれました。
通夜の席上で、勘治が残された時間に何をしたか明らかになります。

【結】- 生きる(1952年)のあらすじ4

勘治は、たらいまわしにしていた仕事を見直して、住民の希望だった公園を作り上げていました。
市会議員とぐるになって街を牛耳る悪いボスの脅迫にもめげず、勘治は必死で公園づくりに取り組んだのです。
努力の甲斐あって、公園は新設されました。
勘治は夜更け、その公園のブランコに乗って『ゴンドラの唄』を歌いながら、雪の中で亡くなりました。
…通夜の席で、皆が勘治の業績をほめたたえます。
翌日、市役所で相変わらずお役所仕事をする役人たちですが、外では新しくできた公園で遊ぶ、楽しそうな子どもの姿がありました。

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