映画:花戦さ

「花戦さ」のネタバレあらすじと結末

花戦さの紹介:16世紀、天正時代。花をこよなく愛する京都下京六角堂の”けったいな花僧”池坊専好が、生け花を通して町人らに慕われ、茶人千利休とも懇意になるが、天下人秀吉の暴虐に”花の力”で立ち向かうという2017年公開の時代劇。原作は「カルテット」の鬼塚忠の時代小説「花いくさ」。監督は「山桜」「地下鉄(メトロ)に乗って」の篠原哲雄。脚本は「ごちそうさん」の森下佳子。監修は華道家元池坊で、作中に登場する生け花は名立たる家元らによる力作が使用された。主演は「陰陽師」「のぼうの城」の野村萬斎。市川猿之助、中井貴一、佐藤浩市、佐々木蔵之介など名優らが多数共演している。

あらすじ動画

花戦さの主な出演者

池坊専好(野村萬斎)、豊臣秀吉(市川猿之助)、織田信長(中井貴一)、前田利家(佐々木蔵之介)、千利休(佐藤浩市)、吉右衛門(高橋克実)、石田三成(吉田栄作)、池坊専栄(江藤漢斉)、池坊専伯(山内圭哉)、池坊専武(和田正人)、れん(森川葵)、浄椿尼(竹下景子)、留吉(河原健二)、新蔵(山田幸伸)、とき(子役/伊東蒼)など。

花戦さのネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

①天正元年(1573年)、京都下京にある頂法寺六角堂に生け花を通して仏を説く池坊と呼ばれる花僧らがいた。中でも専好は町人に慕われる”けったいな”僧だが、生け花は天才的で信長に気に入られ、献上の際には後の豊臣秀吉、前田利家、千利休らがいた。②天正13年(1585年)。信長亡き後豊臣秀吉が関白となり、専好も六角堂の執行となるが、勤めに追われ苦悩するうち利休と再会、草庵に招かれ安寧を得る。また行き倒れの娘れんを救って画才を見い出し浄椿尼に預ける。秀吉は利休に金の茶室を造らせ、民衆を交えての大茶会を催すが、密かに無粋や容姿を揶揄されていると知り激怒、利休に確執を抱く。③天正18年(1590年)。天下統一を果たした秀吉は、利休に難癖をつけ切腹に追い込む。専好は打ちひしがれるが町民らによる利休の四十九日法要により立ち直る。④秀吉は嫡子鶴松を得て溺愛するが間もなく死亡。圧政は激化し民衆が不満を抱く中、秀吉を揶揄する狂歌が出回り、専好の馴染みの町人らが犯人として処刑され、れんもかつて秀吉に処刑された絵師の娘と知られて捕まり、毒草により自害する。⑤専好は”花の力”をして命懸けで秀吉を諌めんと決意。秀吉に大作生け花を献上、共に打った秘策により、秀吉や武将らの心を打つ。れんは生きて戻り”花の戦さ”は専好の勝利となった。

【起】- 花戦さのあらすじ1

16世紀。応仁の乱で焼失した京の町には貧しい民衆が溢れ、戦乱の世が続く中、織田信長が台頭している天正元年(1573年)、京の都の中央にある長法寺六角堂には池坊(いけのぼう)と呼ばれる、生け花によって仏の道を説く花僧たちがいました。
中でも池坊専好は、明るく前向きで花をこよなく愛し、鴨川の河原の遺骸に花を供え経を上げる心根の優しい僧侶でしたが、世知に疎く花に夢中になるあまり素っ頓狂な行動に出る、よく言えば天才肌、そして少々”けったいな”僧でした。
ある日、彼は老執行(しぎょう=執事長、宗務長)専栄と兄弟子専伯に、岐阜の織田信長の城で花を活けてくるよう命じられ、弟弟子の専武と共に喜び勇んで出掛けます。
道中、専好は専武に「信長は今や”天下を目指す昇り龍”だが、気性が荒く、粗相があれば手打ちにされる」と聞きますが、たじろぐどころか見事な松の大木を見つけ微笑みます。
岐阜城では、大工仕事のような大掛かりな設えに皆が目を止め、見物に来た千利休は、信長に臆することなく、むしろ楽しげな専好を見て「けったいだがおもろい事になりそうですな」と感心します。

いよいよ献上の日。大作が飾られた岐阜城の大座敷には、前田利家、豊臣秀吉ら名立たる武人たちと千利休が座し、控えの間には専好と専武がいました。
織田信長は無表情で見渡し「うぬら、この花いかに見る?」と聞きますが、武人たちは信長の顔色をうかがい悪評をします。また、信長に制作意図を聞かれた専好は、嬉々として「昇り龍でございます!」と口走り、専武が慌ててフォローします。
信長は作品の前にどっかと座って扇を鳴らし「見事なり。余は気に入った」と言い、専好もホッとしますが、その瞬間、ミシミシと音をたてて松の継ぎ目が折れ、ふすま絵の鷹がとまっているように見立てた太い松の枝が折れてしまいます。

信長は眉を潜め、武人らの表情がこわばり、利休が膝を浮かせた瞬間、豊臣秀吉が立ち上がって手を叩き「さすが上様!扇ひとつで枝を落とすなど、神技としか思えません!」とおだてます。信長はそれを「猿の分際で!」と一蹴し、専好に「これから益々の精進を言い渡す。とりわけ枝の継ぎ目にのう」と申し渡します。
専好が礼もそこそこに枝を持ち上げ修復しようとする前で、信長は「武人たる者、茶と花を、人の心を大事にせよ、それこそが上に立つ者の道じゃ」と説諭し、気を抜いた秀吉を「猿!聞いとるか!」と恫喝し、去って行きます。
六角堂には大量の米俵や織田家の家紋入りの立派な花道具の褒美が届き、専栄は「あやつの花には、何かあるのかもしれんのう」と呟きます。寺に戻った専好は、花僧たちと共に再び生け花の修行に精を出していました。

12年後の天正13年(1585年)。本能寺の変で織田信長が死去、豊臣秀吉が台頭する頃。京の町は活気に満ち、六角堂では専栄亡き後、兄弟子専伯が旅から戻らず、専好が執行となります。
専好の幼なじみで小間物屋を営む吉右衛門は、町の世話役として皆に慕われる一方、生け花の腕は玄人はだしで、多忙な専好に代わり町人たちに生け花を指導しています。しかし当の専好は、執行の務めである武家屋敷の堅苦しい生け花より、もっと自由に楽しんで花を生けたいと望んでいました。

ある日、鴨川の河原で遺体に花を供えていた専好は、娘の死体の髪を切る野盗を追い払います。が、娘は間もなく息を吹き返し、保護する事に。しかし彼女は茫洋としたまま話さず食べず、名前も素性もわかりません。
そこで専好は、ハス(蓮)のつぼみを手桶に入れて娘の部屋に置かせ、娘はハスの花が開く微かな音に初めて顔を上げ、部屋中の襖に一心不乱に鬼気迫るハスの花を描き始めます。専好は満面の笑みで「花の力や!」と叫びます。
娘にはようやく人間味が戻り、専好らと花摘みにも行きますが、相変わらず言葉を話しません。が、黄色く可憐な野草に触れようとした娘を専好が止め「その花は毒草だ、三口食べれば死に至る」と話し、戸惑う娘に「名前が無いと話しずらい、”蓮(ハス)”と書いて”れん”、今日からお前さんは”れん”や」と笑います。娘は少し微笑んでうなづきます。
専好はれんを、穏やかな初老の尼僧浄椿尼(じょうちんに)の寺に預け、れんは心行くまで絵を描くことを許されます。

またある日専好は、吉右衛門に彼の店先に飾る生け花を頼まれ、かつてのような自由でけったいな花を生け喜ばれます。専好は、彼を案じる吉右衛門の気持ちを察し「久しぶりで楽しかった」と礼を言います。
専好が帰った後、専好の花に気づき吉右衛門に声を掛けたのは、千利休でした。利休は彼に、草庵(茶室)に専好を招く書状を託します。その頃利休は秀吉に仕える高名な茶人として知られていて、吉右衛門は仰天しますが、専好は利休を覚えておらず、困惑したまま応じる事に。
利休の草庵は、閑静な森に佇む質素な庵で、専好は道筋の竹格子に設えられた満開の純白の朝顔に目を見張り、庵に入るなり壁掛けの一輪挿しのムクゲに感動、隅にいた利休に声を掛けられ慌てます。利休は素直に失念を認めて詫びる専好にムカつくものの、イヤミも通じない無邪気さに呆れます。
静寂の中、至高の一服に肝銘した専好は、吉右衛門の花の作品名を聞かれて突然泣き出し「私は執行には向いてないと思います」と打ち明けます。利休は呆れつつも同情し、専好は「(武家の堅苦しい花を生けるのは)苦行です!辛いです!けれど何より(執行だから)きちんとせなと思うと楽しく生けられない、花に申し訳ない」と号泣します。そのなりふり構わぬ吐露に利休は戸惑い、親しい友に言うように「もう一服飲むか?立てよか?」と言い、2服目の茶をたて始めます。

【承】- 花戦さのあらすじ2

その日を境に専好の花には勢いが戻り、町人たちが感心する中、吉右衛門は皆に「(専好が)茶ぁいうんは”ほんの束の間”や言い出してな。その束の間こそが”生きてる”ゆうことで、花の中にも同じ物があって、それを生けてやりたいんやそうや」と語り微笑みます。
また専好は、様子を見に来た利休に「作品名は”夏に跳ねる”、池坊では”一輪にて伝わるは、多くより心深し”と申します」と話します。

ほどなくして秀吉が利休の草庵に来ますが、朝顔は摘まれた後で、最後の一輪が楚々として壁の一輪挿しに生けてあります。
秀吉は乱暴に茶をすすり「わしへの嫌がらせか!」と難癖をつけ、狭い茶室でごろりと横になり「”むじんさい”を燃やして焼いた芋は格別に美味い」と言って受け流され、ついには利休が好んで使っている黒茶碗を放り出しますが、利休は何とか怒りを抑えます。
秀吉はそこでようやく「近々内裏に上がるため帝の胆をつぶせる物、金の茶室を造れ」と言いだします。利休は悪趣味な注文に眉を潜め一旦は辞退しますが、激高する秀吉に折れてへりくだり、引き受けることに。秀吉は納得の笑みを浮かべ、再びごろりと横になります。

2年後。れんが武家のお抱え絵師という話が持ち上がった矢先に行方知れずとなります。
一方、町は秀吉主宰の”天神さんの大茶会”の噂で持ちきりで、町民たちは安茶碗で気楽に参加でき、関白秀吉が直々に立てるお茶が10日間飲み放題と聞き盛り上がります。専好の元には利休が頼み事に寄りますが、山奥の洞窟でれんが見つかり駆けつけます。
専好は、洞窟の壁に描かれたハスを見て、叱るどころか「山にこもった甲斐があった」と絶賛します。彼女は、お抱え絵師になれば身元が割れるため逃げたようでしたが、専好がわけを聞いても「巻き込むことになる」と口を閉ざします。
結局、専好は、れんを平太親子の家の近くの山小屋に住まわせ、画を続けさせます。

大茶会の日。北野天満宮には、町人を始め公家や武人など様々な地位の人々が集まり大盛況です。茶人や心得のある者は参道脇の野点でもてなし、中でも秀吉が直々に茶を振る舞う金の茶室には、長蛇の列が出来ています。
利休に頼まれ吉右衛門と共にやってきた専好は、浮かれてあちこち見て廻るうち、前田利家に声を掛けられます。利休同様忘れられていた利家は「ならば関白様もお忘れか」と笑い、今まさに金の茶席で茶を振る舞っているのが関白秀吉で、岐阜城で松が折れた時、手を叩いて褒めた者だと話します。

利休の頼みは野点の席に花を添えて欲しいというものでしたが、専好は彼の席の上の木の枝に、カラフルで小さく可憐な花を並べて差していきます。その楽しげな花と大茶人利休の茶は、皆の気を引き、瞬く間に長い列ができます。
一方、上機嫌で茶を振る舞っていた秀吉は、利休に客が流れた事を知り、石田光成と共に笠を被り様子を見に行きます。秀吉はそこで、彼を”猿”と嘲笑する町人たちを見て憤慨します。
その日の夕方、静かになった境内で、専好は利休と、吉右衛門が立てた茶を楽しみます。
利休は彼が設えた花をけったいだが楽しげだと褒め、専好は利休に「黒がお好きですか?」と訊ねます。利休は「赤も緑も、そして金も好きだが、今は黒が好きだ…懐(ふところ)が深いから」と答えます。

翌日、秀吉の大茶会は取りやめになり、秀吉は、金の茶室で利休の黒茶碗を投げ捨てて扇で打ち据え「金と黒のどちらが好きか」と迫っていました。
秀吉は「どちらもそれぞれに」という利休の頭を踏みつけ「その利口なお主が、わしの好みひとつ覚えられぬとは!」と踏みにじります。利休は「賢き上様に良さが解って頂けないのは、手前が足らぬという事。益々の精進に励む所存にてございます」と謝罪します。
秀吉は歯噛みして彼を蹴りつけ出て行きますが、それをひれ伏して見送った利休は、投げ捨てられた黒茶碗を拾い、愛おしむようになぞっていました。

その3年後、天下統一を成し遂げた秀吉はますます傲慢になり、行列が大徳寺の山門に差し掛かった際、石田光成に「あなたが信長の葬儀をしたこの寺の山門に、利休の木像があるのだとか。自らが信長と並び人の上に立つとする、不遜な行いでは?」と言われ、憤慨します。
その頃、利休は1人穏やかに庭の手入れをし、専好は、れんの山小屋でタッチの違う猿の画に目を止め、彼女が漏らした「父(とと)さんのような絵を…」と言う言葉から、彼女の父親が絵師だった事に気づきます。

専好は前田利家に呼ばれ大徳寺の一件を相談されます。
利家は「利休の木像が納められた山門の下を通るのは、利休の足の下をくぐるという事」と説明し、秀吉が木像を利休自身が取り去り謝罪するよう命じたが、利休は「大徳寺が勝手に建てた物だから、詫びる筋は無い」と拒否し、頭を抱えていると話し、利休と親しい専好に説得してくれというのです。
その矢先、秀吉の命で利休の木像が縛り上げられ、河原に晒され騒ぎになります。

専好は早咲きの梅の枝をもって、利休の草庵を訪ねます。利休は庭先で思い悩んでいる様子でしたが、突然やってきた専好に「よい梅が手に入ったので」と言われ迎え入れます。
専好は、ほころびかけた蕾の梅を生けながら「この蕾が開くのを見とうは無いですか?」と声を震わせ、「なぜ謝罪しないのか」「以前私の心を解かしたように、上様をもてなすつもりで詫びる事はできないのか」と詰め寄ります。
利休は「長の間にそれを見失っておったんか」とは言いますが、「これは最期のもてなしや。わしにはもう、これより他に上様と向き合う術がないんや」と打ち明けます。それは、利休の死を意味していました。
専好はそれでも「私には、このようなもてなし、どこのだれが喜ぶのか解りかねます!」と泣いて訴えますが、利休は無言のまま最期の一服を差し出し、専好に彼の愛した黒茶碗を持たせ、帰します。
茶室に残った利休は、白装束に着替え、梅の蕾を見つめ「もう…少しやったなぁ」と呟きます。

利休は切腹し、その首は鴨川の河原に晒されます。
どしゃ降りの雨の中、町民たちは橋からその傷ましい姿に心の中で手を合わせ、専好1人が河原に降り、兵たちの前で石を積んで花を供え、経を唱えます。
その頃秀吉は、独り聚楽第(秀吉の城)の中庭に臨み、沓脱石の上で雨に打たれるワラ草履をじっと見つめていました。

【転】- 花戦さのあらすじ3

専好は花が切れなくなり、六角堂の花が途絶えます。町民たちがざわつく中、吉右衛門が「花の力を借りる!」と陣頭指揮を取り、大勢の町民が大量の花を持ち寄ります。専武は驚く専好に「今日は利休さんの四十九日で、ずいぶん花が集まりましたが、このままでは朽ち果ててしまうだけですねぇ」と言い、花ばさみを差し出します。
町民たちは総出で花を生け、専好も利休の死を悼み、松や椿をあしらった力強い立花を生けます。また、れんが「最期に見たのが梅だと聞いたから」と山中を探し回って手に入れた遅咲きの梅を持って来ますが、見物人に紛れていた石田光成に気づかれます。
専好は、本堂を埋め尽くす皆の生け花を見渡し、深々と頭を下げて礼を言い一筋の涙を流します。

利休の一件の後、秀吉は高齢で得た嫡子鶴松に夢中で、鶴松と遊んでいる場に現れ、利休の四十九日の騒ぎや下京の民衆が不穏である事、また利休と懇意だった専好をのさばらせてよいものかと注進する光成を「利休の話をするな!捨ておけ!」と恫喝します。しかし「六角堂でむじんさいの娘(れん)を見ました。かように因縁深き事を捨て置いて良いのですか?」と返され顔色を変えます。

天正19年(1591年)夏。下京の人々が職業別の転居を強要され不満を抱く中、鶴松が夭逝。民衆は利休の呪いだと噂し、秀吉を猿と罵ります。専好は「利休さんは呪うようなお人やない!」と怒り、吉右衛門もそういった風潮に眉を顰めます。しかし民衆の不満は収まらず、ついに利休の名を騙った秀吉と鶴松を嘲る狂歌が貼り出され騒ぎになります。
嫡子を失った秀吉の哀しみは深く、やがて怒りへと変わり、六角堂の人気者だった町人の子、ときが「猿」と言ったかどで捕まり、川柳が得意だった留吉は狂歌の犯人とされ、どちらも処刑され鴨川の河原に晒し首にされます。
専好と町人たちは橋の上で泣きながら手を合わせ、吉右衛門が「わしが利休さんの四十九日の法要をやったせいで目を付けられた」というのを聞いた専好は、取り乱し皆に止められます。吉右衛門は、彼が処刑されれば池坊は取り潰し、それこそが真の目的ではと言うのです。

一方れんは、追っ手に捕まり岩牢に投獄されます。
山小屋に駆けつけた専好たちは、散らばったれんの画をかき集めますが、その中の猿の画を見た吉右衛門は「これはむじんさいだ」と言い、専好はようやく「父(とと)さんのような画を」というれんの言葉を理解します。
吉右衛門は「むじんさいは好事家に人気の絵師だったが、秀吉の(肖像)画を頼まれ真摯に描いたところ『わしはこんな猿のような顔じゃない!』と激高、むじんさいは磔にされ、娘は河原の無頼に与えられた」と話します。その後、秀吉によりむじんさいの画が集められ燃やされたため、作品はほとんど残ってないと。
専好は「上様は狂うておいでなのか」と怒りますが、吉右衛門にわしが探るからおまえは動くなと止められます。
岩牢に捕えられたれんは、隠し持ったあの毒花を食べ自害します。れんの遺体を見た秀吉は、冷たい眼で「捨てとけや、こんなもの」と言っただけでした。
一方、れんの行方を探っていた吉右衛門は、捕まって拷問され市中を引き回された上、六角堂の専好らの前に引き立てられ「城内に探りを入れ謀反を企む不届き者だ!」と切り捨てられます。

専好は、本堂の花の前で花に当たり「仏なんか、どこにおるんや!れんも吉もおらんやないか!」と嗚咽します。専武はその傍らで「花に罪はございませんよ」となだめる以外なす術もありません。
専好は満開の桜並木を歩きながら、利休を思います。「専好はんは梅と桜、どっちが好きや?どっちが美しい?」「はて…それぞれに」「わしもそう思う」…「わしにはもう、これより他に上様と向き合う術がないんや」…専好はある決意を固めます。

専好はまず前田邸に赴き「太閤殿下の思い違いを解きたい。町衆は太閤殿下をお咎めする気は毛頭ないので、花をもって太閤殿下にお示ししたい」と申し入れ、利家は疑いつつも承諾します。
また、一方で彼は花僧らに「太閤殿下を花によってお諫めする」とその本意を語ります。
専武は困り果て「死にに行くようなものだ」と反対しますが、専好は「わしは勝つつもりでいるけどな、この戦さ」「これは”花の戦さ”や」と微笑みます。
「花の中には仏がいて、命の美しさを、生けとし生けるものの切なる営みを伝える力がある。それは抜いた刀を鞘に収めさせる力と違うやろか」「いやしくも池坊を名乗るならば、花をもって世を正そうぞ」…彼は花僧たちにそう力強く説き、勇壮な松や菖蒲などの花々を探し、町人に巨大な鉢を作らせて準備を整え、花僧たちを引き連れ前田邸に向かいます。

僧たちは数日掛かりで作品を作り上げ、残るは仕上げのみとなった時、専好は皆を集め寺に戻るよう指示します。けれど僧たちは1人も退かず、最後までお供しますと頭を下げます。
専好は優しく微笑み、己に向けて”破門状”を置き、専武に「もしやの時には、池坊を頼む」と頭を下げます。専武は涙をこらえ、菖蒲の蕾を専好に差し出し「ご武運を」と言います。専好はそれを刀のように持ち「勝負やな」と微笑んでいました。
その夜専好は、大座敷で一人花と向き合い、亡くなった人々を花になぞらえ話し掛けます。
「吉、頼むで」…とき、留吉、…そしてハスの蕾には「れん、よろしゅうな」と。

【結】- 花戦さのあらすじ4

翌日。前田邸に秀吉と石田光成ら一行が到着し、大座敷の障子が開けられます。
そこには大座敷いっぱいに枝を広げた見事な松に菖蒲やサツキ、ハスの花をあしらった勇壮な生け花があり、鉢の前には墨染の僧衣の専好がひれ伏していますが、生け花の巨大さゆえ、影の中に溶け込んでいるかのようです。
秀吉はその迫力に気圧され、利家が「下京の池坊より上様へのご進物でございます」と言うと「池坊…」と繰り返します。
その時初めて専好が顔をもたげて「上様はどの花がお好きですか?」と問うと、その存在にようやく気づいた秀吉は少したじろいだ後「菖蒲も良いがハスも良い。それぞれに趣が…それぞれに美しいと思うぞ」と答えます。
専好は「そうでございますか」と頭を下げ、「では」と発した瞬間、生け花の背後の壁に、むじんさいの猿の画の掛け軸が広げられます。

光成は「…むじんさい!」と殺気立ち、利家は顔色を失い、秀吉は憤怒を露わにしますが、専好は静かに「では、お猿はいかがでございましょうか?」と顔を上げ、秀吉を見つめて「そのお猿には、それぞれの美しさがございませんでしょうか?」と話します。
光成は「おのれ!出家の分際で!」と抜刀し専好に刃を向け「殿下!お指図を!」と叫び、利家は「この者は刃を当てられても寸分も動いてはおりませぬ!覚悟の上でございましょう…冥途の土産に…せめてお答えを!」と叫びます。

秀吉は憤怒と困惑に打ち震えながらも、初めてむじんさいの猿に目を向け「軽やかじゃ…生意気にも…世を謳歌しておる。猿の分際で…」と呟きます。
専好は、刃を向けられたまま遠い眼をして「軽やかで、賢きは…猿の美しさでございましょう。同じように、菖蒲には菖蒲の、ハスにはハスの美しさがございます。また赤には赤の、金には金の、黒には黒の美しさがございます」そう言って、利休の黒茶碗を置き、「利休様は、己の死をもってその事をお解かり頂きたかったんやないでしょうか?」「お茶道として、1人の長の友として、天下人たる上様に」と問いかけます。
秀吉は、金の茶室の制作を受けた瞬間の苦しげな利休を思い出します。また利家は「武人たる者、茶と花を、人の心を大事にせよ、それこそが上に立つ者の道じゃ」という信長の言葉を思い起こさせます。
秀吉は、その時「猿!聞いとるか!」と叱咤された事を思い出し、泣きながらよろよろと進み出て、専好の前に崩れるように座り込み「寄ってたかって…このわしを愚弄しおって」と肩を震わせます。彼は利休の黒茶碗を愛おしげに見つめ「小バカにしおって」と呟き目を潤ませて専好を見つめ、専好は静かにうなづきます。
その瞬間、ミシミシと音がして太く長い松の枝の継ぎ目が折れてしまいます。武人たちは一瞬気色ばみますが、専好は岐阜城の時と同じくとぼけた叫び声を上げ、慌てて枝を支えます。
利家が笑い、武人たちも次々と笑い出し、秀吉は泣き笑いから爆笑になり、光成も刀を納めて笑っていました。

ほどなくして。鴨川で、石を積み花を供え経を上げていた専好は、以前れんが倒れていた場所にも、石を積み直し花を供えて手を合わせます。が、ふと目を開けると目の前にはあの毒草が。彼の背後にはれんがいて「”一口で倒れ、三口も食せば死に至る”っていうけど、二口食せば死んだようになるそうです」と微笑んでいました。
専好はその毒草をつまんで、れんに「ええように描いてあげてや」と差し出します。そして毒なのに?というれんに「それもまた、花やろう?」と微笑みます。
鴨川の流れは穏やかで、2人の周りには、色とりどりの花が咲いて見えました。

みんなの感想

ライターの感想

戦国の世を、民衆目線で描いたエンターテインメント作品で、歴史や戦国武将に疎くてもさらっと楽しめ、少々大仰な萬斎@専好に心惹かれ、彼流の戦を応援したくなる作品です。
凡人にはなかなか理解しがたい粋人の世界。粋人で独特の美学を持つ信長の下、持ち前の生命力と知恵と努力で叩き上げ、のし上がった秀吉が、利休ら粋人に己の無粋を見下されてると思う気持ちは、解らなくもない。
むじんさいの猿がばらりと出た瞬間、その猿之助@秀吉の「軽やかじゃ」「小バカにしおって」は痛いほどわかり過ぎて、再見時にも大号泣。粋とかセンスとか、ああいったものは持って生まれる人がいる一方、一生解らない人もいるそうで。
秀吉の下で足掻く利休の背中、鶴松に先立たれ絶望する秀吉の背中。ともかく名優揃いで背中の芝居が凄いこと。
ちなみに登場する数々の生け花は華道池坊の大家家元総出で数週間かけて生けられたそうで、本当に見事、壮大な松から梅一輪まで目を見張る美しさです。初見は劇場でしたが、いかにもという佇まいの高齢のご夫人を多くお見かけしたのが大変印象的でした。また、”むじんさい”(&れん)は映画のオリジナルだそうで、パンフにも漢字表記が無いためひらがな表記で書かせて頂きました。

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