「BPM ビート・パー・ミニット」のネタバレあらすじと結末の感想

BPM ビート・パー・ミニットの紹介:1990年代初頭。実在するエイズ活動家団体『ACT UP』のメンバーが、差別や偏見そして一行に進まぬ治療に抗議しながらも、逞しく生き抜く姿をエモーショナルな映像で描き出した感動作。R15+作品。
2017年の仏映画で、カンヌ国際映画祭グランプリを始めとする世界の映画賞を総なめにした。監督・脚本は『パリ20区、僕たちのクラス』の脚本家ロバン・カンピヨ。ACT UPのメンバーだった自身の経験をベースに今作を生み出した。

予告動画

BPM ビート・パー・ミニットの主な出演者

ショーン(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)、ナタン(アーノード・バロワ)、ソフィ (アデル・エネル)、チボー (アントワン・ライナルツ)

BPM ビート・パー・ミニットのネタバレあらすじ

【起】- BPM ビート・パー・ミニットのあらすじ1

HIV・エイズは発見されてから10年程の時が経過しても、各国の政府や製薬会社は特別な対策も打たず、若年層を中心に感染や発症が蔓延していました。一方でHIVやエイズに関する差別や偏見はみるみる広がり、こういった現状を打破するためにアクティビスト集団『ACT UP』がアメリカで発足し、1989年にはパリを拠点とする『ACT UP-Paris』が結成されます。
1990年代初頭・パリ。ACT UPパリにはHIV感染者の他にも、感染した子供や恋人のために活動する人、陰性ながら問題解決のために参加する人などが集っていました。ACT UPは医療部門や、刑務所部門など様々な委員会を設置し、定期的に行われるミーティング(通称M)にて活動結果を報告します。Mでは発言者の邪魔をしないよう指を鳴らすことが賛成の意思表示。皆に発言権はあるものの、進行役のチボーやファシリーテーターにより見事な統率がとられています。しかし次々と仲間が死んでいく現実に、発足時からのメンバーで活動的なショーンは、より派手で過激な活動を推進していました。
国の対エイズ闘争局の討論会に乱入したメンバーは、当局会長に血のりを投げつけ、ショーンは彼に手錠を掛けるパフォーマンスに打って出ます。後日のMにてまとめ役のソフィは、あの行動により自分たちの訴えを聞いて貰えなかったと嘆きますが、ショーンは成功だったと自信に満ち溢れていました。

HIV陰性ながらACT UPに参加し始めたナタンは、チボーらが所属する医療委員会に加わります。彼らは製薬会社メルトン社の研究所を直接訪れ話を聞きますが、先方は新薬の結果を公表する気配はありません。その報告を聞いて業を煮やしたショーンや、過激派に反対だったソフィまでもがデモを決行します。メンバーはメルトン製薬の本社に乗り込むと“メルトン製薬人殺し”とシュプレヒコールをあげ、社内に特製の血のりをぶつけました。「4時間おきに薬を飲み、一晩中下痢に苦しみ、死んでいく僕たちには猶予がない」とショーンは患者の苦しみを訴えました。彼らは逮捕に供え身分証や内服薬を持参して、命がけで行動していました。そして彼らは何か大きな活動をする度に、自分たちの感情を爆発させるようにクラブで踊り狂うのです。デモに初めて参加したナタンは、カリスマ性のあるショーンに惹かれました。

【承】- BPM ビート・パー・ミニットのあらすじ2

ナタンは医療委員会の一員として、薬や治療法などについて必死に学びますが新薬については虚しい情報ばかりで、ワクチンは治験さえも殆ど行われていない現実を知りました。ナタンと同じ時期にACT UPに参加したジェレミーは、委員会の会議中に突然倒れます。感染して数か月にも関わらず、数値が急激に悪化していたのでした。

ACT UPではHIV・エイズだけではなく、性的少数者への差別に対する活動も積極的に行っていました。ある日のMでは不日行われるゲイのパレード『ゲイ・プライド』が議題で、偏見をなくすため、ゲイでもHIV検査を受けない人々に注意喚起するためにも、ショーンはチアガール姿で派手に行進することを提案します。穏健派のチボーは大道芸みたいだと反対しますが、活発なショーンに賛同する人も多くすぐにメンバーが集まりました。
政府や製薬会社の鈍い動きに対し、ACT UPの活動は更に強烈になっていきます。HIV・エイズに対する正しい知識を啓蒙させようと高校の教室に乱入しました。薬物使用者は毎回新しい注射器を使うこと、オーラルセックスはリスクは低いが注意が必要だということ、予防に唯一効果があるのはコンドームであるということを伝え、生徒にコンドームを配布します。とある女子生徒に「ホモじゃないからエイズにならない」と言われたショーンは、傍にいたナタンにキスして見せつけます。これでナタンは完全にショーンに恋に落ち、2人の距離は急速に縮まりました。

その夜ショーンとナタンは結ばれました。ショーンはナタンにコンドームを使用するよう促します。それはACT UPに参加している間柄だからこそ、気兼ねなく言えるのでした。ショーンはHIV感染の経緯を正直に語り始めます。16歳の時に恋した数学教師がHIV陽性者か分からなかったものの、彼の希望でコンドームを使用しませんでした。しかしショーンは1週間後急激に体調が悪くなり、検査で陽性と判明。たった一度の性交渉で感染したのです。妻子があるという教師はその後姿を消しました。当時は政府もHIV・エイズに関しては何の警告もせず、ショーンにも知識がありませんでした。一方のナタンは若い男性と関係を持った時に、相手の体にあるカポジ肉腫(エイズ患者が末期に発症する)に気付きます。ナタンは彼に検査を勧めると、怒られたという経験をしていました。現実を受け入れない人が多くいたのです。しかしカポジ肉腫はショーンの体にも既に現れていました。

【転】- BPM ビート・パー・ミニットのあらすじ3

ゲイ・プライドが開催され、ショーンらは黒とピンクのチアリーダー姿でスローガンを大声で叫び練り歩きました。これまでない程に張り切るショーンに対し、物静かなナタンはチラシ配りに専念します。“君に生きていてほしい”と書かれたスローガンにナタンは激しく動揺します。それはナタン自身の願いそのもので、彼は思わずショーンを強く抱きしめました。

医療委員会はメルトン製薬や対エイズ闘争局などとの合同の会議に参加しますが、相手に求めることが必要と考え攻撃はしませんでした。それをMで報告すると、ショーンや他のメンバーが、話し合いでは意味がないと強く批判します。それでもチボーは、メルトン製薬のデモの新聞記事では血のりの写真は掲載されず、過激な行動だけでは解決しないと訴えました。体の数値も悪化し焦りを感じているショーンは、チボーがナタンに好意があることを知ってかしらでか、彼に反発するようになっていきます。
その頃入院したジェレミーは、時をおかず亡くなります。フランス・二月革命のように政治的葬儀を希望していたジェレミーの遺言通り、霊柩車の後には彼の死を知らせるプラカードを持ったメンバーが続きました。ショーンは自身の未来を見るようで不安を強めますが、そんな彼にナタンは愛情を深めるのでした。

ある日のMでは、ショーンがあるメンバーを個人攻撃する文書を提出します。ところがそれは自分に対する意見だとチボーは感じていました。ショーンはチボーに抗うように、薬物使用者を見捨てるような内務省の前で注射器を巻くなど過激なデモを続けていきます。
しかしショーンの体調は悪化の一途をたどっていました。自宅での治療も増えたショーンに、ナタンは一緒に暮らすことを提案します。なかなか受け入れないショーンにナタンは「もっと一緒にいたい」と素直な気持ちを伝え、2人は新たな部屋を借りることにしました。

【結】- BPM ビート・パー・ミニットのあらすじ4

製薬会社への大規模なデモ行進が計画され、チボーが内容を提案しますが、それに納得できなかったショーンが激高します。ショーンはチボーを“ペテン師”と罵り決別を言い渡しました。
ショーンの体力は日に日に衰え、カポジ肉腫の放射線治療や、離れた専門病院での療養が始まります。彼は病室のベッドでデモ行進の様子を見るのでした。するとチボーが見舞いに来ます。「世界エイズデーでは、セーヌ川を深紅に染めるデモをする」と痩せこけたショーンを励まそうとしますが、彼はショーンに突き返されました。入替わりでナタンが病室に来るとショーンは、恐怖に苛まれている心情を打ち明けます。「君に会いたかった」と本音を零したショーンに、ナタンは躊躇わず彼の体に触れて奉仕するのでした。

世界エイズデーはチボーの提案通り、大規模なものとなりました。十字架を背負ったメンバーたちが官邸前に横たわって抗議し、セーヌ川は不気味に深紅に染めたのです。参加者は以前よりも確実に増えていました。デモ後にメンバーはいつものようにクラブに行きますが、そこにショーンの姿はなくナタンは現実に打ちひしがれました。

自力で歩けなくなったショーンは、看病に来た母親やナタンに抱えられながら部屋に戻ります。新しい部屋を借りて初めての帰宅でした。ショーンは自分に障がい者手当が届いていることを知り、泣き崩れます。
疲れ切ったショーンは、人生を終えることにしました。彼の思いを受け入れたナタンは、針の跡で証拠を残さぬよう点滴の口から劇薬を投入し、ショーンは26歳という若さで静かに命尽きました。真実を知らないショーンの母は「こんなにも早く…」と驚愕します。優しい彼女は息子の亡骸に服を着せてやりました。
報せを受けたメンバーが続々と部屋に駆けつけます。ショーンの母は息子が多くの人に慕われていたこと知りました。一方でナタンは喪失感に耐えられずチボーと体を重ねますが、ベッドの上で慟哭せずにはいられませんでした。

政治的葬儀がしたいとのショーンの遺言に沿って、彼の遺灰は保険会社のパーティ会場で撒かれました。そしてメンバーはまた1人仲間を失った感情をぶつけるように、クラブで踊り狂うのでした。

みんなの感想

ライターの感想

作品の躍動感が自分のものとなる感覚を覚え、思わず指を鳴らしている自分がいました。過激すぎる活動については必ずしも賛成ではありませんが、彼らのぶつけようのない感情は、あのような形でしか訴えられなかったのではないでしょうか。正しい知識が広まっていたなら、感染を防げた人がどれだけいたことか…。
私がエイズという病を知った時は、劇中の時代から5年くらいたった頃でした。その時には概ね正しい情報が公開されていたことを鑑みても、今日のエイズやHIVに対する知識は、彼らの行動があってこそ生まれたものなのかもしれないと感じました。
相手を想う愛の美しさと、いずれ消えゆく命の儚さに涙が止まりませんでした。

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