映画:愛と死をみつめて

「愛と死をみつめて」のネタバレあらすじと結末

ラブストーリー

愛と死をみつめての紹介:1964年製作の日本映画。大島みち子、河野実の書簡集を「越後つついし親不知」の八木保太郎が脚色「鉄火場破り」の斎藤武市が監督した青春もの。撮影もコンビの萩原憲治。

あらすじ動画

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愛と死をみつめての主な出演者

高野誠(浜田光夫)、小島道子(吉永小百合)、小島正次(笠智衆)、母(原恵子)、K先生(内藤武敏)、中山仙十郎(滝沢修)、吉川ハナ(北林谷栄)、佐竹トシ(ミヤコ蝶々)、中井スマ(笠置シヅ子)、大久保(杉山元)、黒木(木下雅弘)、寮の賄いのおじさん(紀原土耕)、病院の用務院(河上信夫)、オールドミス(楠侑子)、市場の売手(光沢でんすけ)、照子(加藤洋美)、二組の夫婦(大谷木洋子)、二組の夫婦(石丘伸吾)、二組の夫婦(坂巻祥子)、二組の夫婦(小柴隆)、同志社の学生(恩田恵子)、同志社の学生(岩記照栄)、同志社の学生(水森久美子)、同志社の学生(西原泰江)、アベック(平塚仁郎)、アベック(樽井純子)、アベック(宮川敏彦)、アベック(大塚トミエ)、若い看護婦(有田双美子)、中年の看護婦(鏑木はるな)、看護婦(北出桂子)、看護婦(清水千代子)、看護婦(高田栄子)、寮生(浜口竜哉)、寮生(藤野宏)、寮生(宇田川守雄)、寮生(新村猛)、寮生(井田

愛と死をみつめてのネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

①高野誠は小島道子と愛し合い、互いに「マコ」「ミコ」と呼び合って文通をしていた。道子は軟骨肉腫という難病に侵されていた。 ②道子は肉腫摘出の手術を受けるが、転移しており、亡くなってしまった。

【起】- 愛と死をみつめてのあらすじ1

愛と死をみつめてのシーン1 高野誠は、小島道子からの手紙を読みます…。
(冒頭で手紙を読むシーン、以下しばらく回想シーン。冒頭のシーンはあとにつながる)


2年前。
高野誠は浪人生の時に、大阪大学付属病院に入院しました。
その病院で、当時まだ高校生だった小島道子と出会います。
誠と道子は年齢が近いこともあり、すぐに親しく打ち解けました。
ふたりが互いに恋心を抱くのも、そう時間はかかりませんでした。
誠と道子は、恋人同士になります。

誠はその後、中央大学へ合格し、東京の学生寮に住み始めました。
道子は兵庫県西脇市の高校に通っていましたが、ジャーナリストになりたいという夢のために、大学へ進学します。

関東の誠、関西の道子は遠距離恋愛で、文通で意思疎通を図っていました。
誠も道子も筆まめで、互いにやりとりを重ねます。
ふたりの仲は順調でした。


道子の大学生活は、1学期の間だけでした。
道子は大学1年の夏休みに、4回目の入院をします。

道子は、軟骨肉腫という難病を患っていました。
誠に会った時にも、その病気で入院していたのです。


誠は夏休みに大阪でアルバイトをし、その合間に道子の病室を見舞いました。
2年ぶりの再会を道子は喜びますが、2年前と大きく異なっているところがありました。

2年前、まだ高校生だった道子は、見た目に変化はありません。
今回、道子は左目に大きな眼帯をしていました。軟骨肉腫のせいです。
道子は眼帯が鬱陶しいと、誠に漏らします。

ふさぐ道子を励ますために、誠は夏休みの間、足しげく病室に通います。
病室の窓ガラスを拭いたり、野球中継のラジオを聴いたりしました。
道子は大の阪神ファンで、阪神の試合があると喜んで聴きます。


誠が道子と交際していることは、道子の両親も知っていました。
折り目正しい誠は、両親にも好意的に迎えられます。
ある時、道子は誠のことを「マコ」と呼ぶと言いました。
誠はそれを聞いて、道子を「ミコ」と呼ぶことにします。
以後、互いのことを手紙でも会話でも、ニックネームの「マコ」「ミコ」と呼び合いました。


道子は主治医のK先生に、病状を教わります。
K先生は道子の病気が難しいことや、回復の見込みが立たないことを知らせました。

道子が誠に、交際をやめようという手紙を出します。
道子は放射線治療をすでにおこないましたが、病気は治っていませんでした。
治る見込みがなく、死ぬかもしれない道子は、誠を悲しませたくないのです。
そのために別れようと手紙に書いたのですが、読んだ誠は怒りました。
(ここが映画の冒頭のシーンにつながる)

【承】- 愛と死をみつめてのあらすじ2

愛と死をみつめてのシーン2 手紙を読んだ誠は、大事なカメラを質に入れて電車賃を工面し、大阪へ行きます。
誠と顔を合わせた道子は、一緒に自殺してくれと言いました。
誠はそれを聞いて、簡単に死を考えるなと怒ります。
道子もすぐに過ちを認め、謝罪しました。

その後、道子の父親とともに、誠は道子の主治医のK先生から、道子の病気について説明を受けます。
道子の左目の下にある軟骨肉腫は、鼻の周辺の骨を溶かしているそうです。
病状が進むと、やがて大脳を溶かすようになるそうです。

放射線治療をすでにおこなっているために、残された手段としては「手術をして、肉腫と周辺の肉を大きく取り去る」ことでした。
しかしそれは、左側半分の顔をつぶすことになります。
若い女性の道子にとっては、つらい選択でした。

誠は生存率について質問します。
手術をしないと、5年以内に亡くなってしまうそうです。
道子の病気は、発症してもう5年が経過しているので、いつ亡くなってもおかしくない状態でした。
手術をした場合、5年生存率は15~20%です。
それでもしないよりは、手術をしたほうがよいと、父親は考えていました。
道子は、手術をしてまで生きる必要があるか疑問視しています。

誠は、道子と初めて会ったときの話をし、大学を卒業したら結婚しようと言います。
手術をした顔を誰かに見られるのが嫌なら、信州の森の奥ででも暮らそうと言い、道子を説き伏せました。

手術が成功しても、顔を成形するまで2年の時間がかかります。
2年間会わないことを約束し、道子は手術を承諾しました。
内心では、「会わない2年の間に、誠に自分のことを忘れてもらいたい」と思っています。


誠は、東京へ戻らなくてはならない時期になります。
東京へ戻ったものの、道子の手術が心配な誠は、道子の手術の日、信州へ行きました。

【転】- 愛と死をみつめてのあらすじ3

愛と死をみつめてのシーン3 〝白壁に手術の様子ききたれど
霧にかすんで答え遠くに〟

〝実験に飼いおかれし犬の声
病舎にひびきて夜寒身にしむ〟


道子の手術は成功しました。
誠は大喜びし、道子を励ますため、今まで以上に手紙を書き送ります。
道子もうれしくて、手紙を送りました。道子の顔にも明るさが戻ります。


長期にわたる入院生活で、道子の家は経済的に困窮しました。
道子は、個室から相部屋へ移ります。
相部屋には、道子の母か祖母ほどの年齢の人たちが、集まっていました。
折り目正しく優しい道子は、他の女性患者たちにも快く受け入れられます。

相部屋に移ってすぐに、道子は、右目の近くに骨のような突起があると気づきます。
K先生に訴えながら、道子は、悪い予感がしました。
予感は的中し、肉腫の転移が確認されます。


道子の21歳の誕生日がやってきました。
しかし道子は浮かない顔をしています。
青春時代のほとんどを、道子は病院で過ごしていました。
隣の患者のところへ、娘夫婦が見舞いに来たのを、道子はうらやまし気に見ています。
道子は、自分が結婚することなど想像できないのです。

右目にできた腫瘍を取り除く手術を、道子は受けることになりました。
道子は誠に手術のことを、黙っておきます。
手術は終わりましたが、道子は落ちこみました。


〝私がいま一番ほしいもの
それは密室
その中で声の続く限り
泣いてみたい〟


道子の父が誠に手紙を書き、誠が手術のことを知ります。
誠は知らされなかったことにショックを受け、道子に電話で文句を言いました。

道子の手術は、中断していました。
開いたものの、悪化していて取り除けないと判明し、そのまま傷口を閉じたのです。
誠は道子に、嘘は嫌いだと言います。

【結】- 愛と死をみつめてのあらすじ4

愛と死をみつめてのシーン2 〝嘘のきらいな貴方は
私が嘘をついた
といつて
怒つた
ただゴメンナサイ
と言うことに
なんのこだわりもないけれど
貴方に教えてあげたい
人は時には
悲しい嘘をつかねばならないことを〟


文句を言って電話を切った誠が、再びかけてきました。
酔っぱらった誠は、そのまま電話口で寝てしまいます。

浮かない気持ちを盛り立たせるため、道子は社会奉仕をしたいと考えます。
病院内でもできるよう、看護の勉強を始めました。
同じ病院の孤独な患者、中山仙十郎の身の回りの世話をします。

患者の吉川ハナが、道子にキリスト教信者だろうと言いました。
道子は特に信仰している教えがないと言いますが、ハナは、道子の毅然とした態度はキリスト教徒に違いないと言います。
道子はやんわりと、否定しました。

父が道子に、着替えの服を持ってきます。
おめかしをした道子は、父と一緒にドライブに出かけ、大阪城や繁華街を見ました。
道子は、自分がそう長くないから誘ったのだろうと感じます。


道子はそのころから、刺繍を始めます。
刺繍をする道子を、頭痛が襲うようになりました。
頭が痛いときには、食欲も失せます。


〝病院の外に
健康な日を
三日下さい

一日目!
私は故郷(ふるさと)に
とんで帰りましょう

二日目!
私は貴方のところへ
とんで行きたい

三日目!
私は一人で
思い出とあそびます

そして三日目がすぎたら
三日間の健康ありがとうと
笑つて永遠の眠りに
つくでしよう〟


できあがった刺繍入りの布を、道子は誠のところへ送ります。
電話口では、道子は誠に頭痛を隠し、元気なふりをしていました。

道子は身辺整理をし、荷物を減らします。
患者の中山に鉢植えの植物をプレゼントし、道子は少しずつ覚悟を決めました。


誠が見舞いに来ました。
道子は再び、個室へ移っています。
誠にも、道子がもう長くないことは分かりました。
道子は誠に、元気になれなくてごめんねと謝ります。

誠は道子に信州の写真を見せながら、登山に行けたらという話をしました。
道子もそれに応じ、山をのぼっているかのように話します。

誠の持つ写真を見た道子は、「霧が出ている」と言いました。
山の写真には霧などないのですが、道子の発言を聞いた誠は、話をとっさに合わせます。
それを聞いた道子は、「嘘の嫌いなマコ、なんで嘘ついた」と、何度も何度もからかいました。

誠は道子をかいがいしく世話します。
やがて道子の母が来て、交代に誠は帰りました。
誠が帰った後、道子は両親に看取られながら亡くなります。
道子が死んだと聞いて、中山がやってくると「わしが代わりに死んだらよかった」と嘆きました。
誠も訃報を聞いて、嘆きます。


〝昭和三十八年八月七日
午前十一時二十五分
小島道子 死亡
病名 軟骨肉腫〟

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みんなの感想

ライターの感想

メロドラマのお手本のような作品。いまでこそ、この手のラブストーリーはたくさんあるが、当時は死に別れるラストは珍しかった。
モノクロの映画、大阪駅周辺の映像。いまとまるで違う。
ストーリー自体はさほど目新しい(←おかしな表現で失礼、1960年代の作品なので…)わけではない。
有名な映画、吉永小百合さんの愛らしさ、それだけでも見る価値があると思う。
実話だとは知らなかった。2006年にテレビドラマ化もされているらしい。
草彅剛さんと広末涼子さんが出演。そちらを見るのもいいかもしれない。

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