「アイヒマンの後継者ミルグラム博士の恐るべき告発」のネタバレあらすじと結末の感想

アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発の紹介:2015年製作のアメリカ映画。ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺に関与したアドルフ・アイヒマンに着想を得て行われたアイヒマン実験をクローズアップする伝記ドラマ。社会心理学者スタンレー・ミルグラムは実験を通し、非人道的な行為を実行する要因となった恐ろしい行動心理を実証する。

予告動画

アイヒマンの後継者ミルグラム博士の恐るべき告発の主な出演者

スタンレー・ミルグラム(ピーター・サースガード)、アレクサンドラ・ミルグラム〔サーシャ〕(ウィノナ・ライダー)、ポール・ホランダー(エドアルド・バレリーニ)、ジェームズ・マクドナー(ジム・ガフィガン)、ミラー(アンソニー・エドワーズ)、ジョン・ウィリアムズ(ジョン・パラディーノ)、ソロモン・アッシュ(ネッド・アイゼンバーグ)、フローレンス・アッシュ(ロリ・シンガー)、ミセス・ロウ(タリン・マニング)、レンサラー(アントン・イェルチン)、テイラー(ジョン・レグイザモ)、ウィリアム・シャトナー(ケラン・ラッツ)、オジー・デイヴィス(デニス・ヘイスバート)、シーラ・ジャルコ(エミリー・トレメイン)、ブルーノ(ドニー・ケシュウォーズ)、ワシントン(フランク・ハーツ)、セルジュ・モスコヴィッシ(パスカル・イェン=フィスター)、ミシェル・ミルグラム(ルーシー・ファヴァ)

アイヒマンの後継者ミルグラム博士の恐るべき告発のネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

①ユダヤ系アメリカ人であるスタンレー・ミルグラムは、ユダヤ人大虐殺がなぜ行なわれたのかに注目し、アイヒマンが裁判で罪の意識を持たなかったことに興味を抱き、「ミルグラム実験(アイヒマン実験)」をおこなう。 ②回答者がミスをすると出題者が電気ショックの罰を与えるもの。危険だと分かっていながらも、65%の人が実験を中断せず敢行した。実験結果を公表したミルグラムは批判されるが、それでもミルグラムは生涯多岐にわたり実験をおこなった。

【起】- アイヒマンの後継者ミルグラム博士の恐るべき告発のあらすじ1

(実話に基づく物語)

〔1961年8月 イェール大学〕
白衣を着たウィリアムスという男性が、被験者のフレッド・ミラーという太めの男性と、ジェームズ・ウォレスという眼鏡の男性を実験室に通します。
まず2人に謝礼を渡し、実験の結果を問わずに支給していると告げます。
この実験は、心理学者による学習プロセスの研究で、報酬や罰の効果について調査すると告げた後、ウィリアムスは2人にくじをひかせました。フレッドが出題者、ジェームズが回答者となりました。
4択の問題からクイズを出題し、回答者が不正解だと出題者は電気ショックを与えるというものです。電気ショックは45Vから開始し、最高450Vまであります。
説明をしている最中に、回答者のジェームズが「重くはないが、私は何年か前に、ウェストヘイブンの病院で、心臓の病気と診断されている」と言いました。ウィリアムスは「電気ショックは痛みを伴うが、後遺症はない」と答えます。
実験に先立ち、出題者のフレッドも「試しにどのくらい痛いか」ということで、最低の45Vの電気ショックを受けました。
その後に、実験を開始します。
出題者と回答者は隣接した別々の部屋におり、互いの部屋は見えません。
誤答が続くたびにボルト数をあげていきます。165Vから男の声が聞こえ、やめてくれと言い始めました。
出題者のフレッドはためらいますが、ウィリアムスが「続けて」と促すと、やめることなく電気ショックの罰を与え続けます…。

この実験の被験者は、2人に見えて本当は1人、「出題者のフレッド」だけでした。あとのウィリアムスとジェームズは研究者側で、ウィリアムスは高校教師です。白衣を着ているだけで、博士のように見えます。
ジェームズが心臓病を患っているというのは本当でしたが、電気ショックは受けていませんでした。出題者が部屋を出て行くと、腕に巻いた装置を外し、録音テープを出して「やめてくれ」という声を流します。
出題者の部屋はマジックミラーで見えており、奥にはこの実験の発案者スタンレー・ミルグラム博士が観察していました。
スタンレー・ミルグラム博士は、イェール大学の社会学者でした。

実験が終わると、出題者(被験者)のフレッドにジェームズが会いにいきます。
フレッドは、電気ショックを受けた(はずの)ジェームズが元気そうなのを見て安堵しました。フレッドには、アンケートに答えてもらいます。
さらに「報告書を送るまでは、このことを口外しないでくれ。その人が被験者になる可能性があるから」と、口止めすることも忘れませんでした。

スタンレー・ミルグラムは、1933年にアメリカ・ニューヨーク州ニューヨークのブロンクス区で生まれました。両親はユダヤ人の移民で、両親ともに子どもの頃にアメリカに渡り、ニューヨークで結婚しました。ミルグラムもユダヤ人です。
「ミルグラム」という言葉は、ヘブライ語で「ザクロ」を意味するそうです。
その頃東欧では、ユダヤ人がナチスの収容所で殺されていました。
文明化した人間が、どうして残虐行為に走るのか、組織的な大虐殺はどのように起きたのか、加害者たちの良心は働かないのか…、そのことを疑問に思ったミルグラムは、先の実験を行なおうとしたのです。

【承】- アイヒマンの後継者ミルグラム博士の恐るべき告発のあらすじ2

これが後に「服従の心理」と呼ばれるもので、被験者(出題者)はウィリアムスに命令されて、「代理人状態」…自分が意思決定を下すのではなく、「依頼されたから代わりに行なっている」という状態に陥ります。自分が電気ショックを与えたことで、相手が苦しんでいたとしても、「命ぜられているから」と代理人であるかのように思いこむ…そういう状態でした。

なかには例外もいます。
カーマインというオランダ人の電気技師の男性は、「電気ショックはすごい衝撃ですよ」と言い、抵抗して途中でその場を立ち去りました。
その場合、ミルグラム、ウィリアムス、フレッドは「なぜ彼は途中で止めたのか」ということを話しあいます。人種よりも職業が関係しているのではないか、という結論になりました。
実験は1962年5月27日まで行なわれます。最後の2日間は、実験の様子を録画しました。

その4日後、エルサレムでアイヒマンが絞首刑に処されます。
アイヒマンはホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の責任者で、ユダヤ人の国外追放や大虐殺に関与していました。
第二次世界大戦後はアルゼンチンに逃亡し、リカルド・クレメントという偽名で家族と暮らしており、メルセデス・ベンツの工場に勤務していました。
1960年にモサド(イスラエル諜報特務庁)に拘束されたアイヒマンは、罪悪感も後悔の念も示していませんでした。
「ユダヤ人の移送は任務で、上官の命令がなければ何も行なわなかった」いわば「代理人状態」であったことを主張していました。

ミルグラムはアイヒマンの弁護をしたいわけではありませんでしたが、皮肉にも実験の結果は同じようなものを示します。
65%の人が命令されるまま、何の対処も行なわず最後まで電気ショックを与え続けたという、実験の結果が出ました。
ミルグラムはこの実験レポートを『異常心理学・社会心理学ジャーナル』に提出し、1963年10月に論文が発表されます。
反響は大きく、あらゆるところに波紋を呼びます。

〔1963年9月 ハーバード大学〕
ミルグラムはハーバード大学の、社会関係学部の助教授になります。
論文が発表されると、あらゆる場所でミルグラムは糾弾されるようになりました。
「これは実験ではなく詐欺だ」とか、「実験自体が人を不快にさせる」とか言われます。
しかしミルグラムは、実験した780人のうち、誰ひとりとして実験の途中に隣室に行き、フレッドの様子を見に行かなかったことが問題なのだと言います。

ミルグラムを陰で支えていたのは、妻・サーシャでした。
ミルグラムとサーシャはあるパーティーに向かうエレベーターの中で知り合い、すぐに意気投合します。
サーシャはミルグラムの実験にも興味を示しました。実験のからくりを知ったうえで、ミルグラムと同じく、なぜ被験者はそんな状態に陥るのかと疑問に思います。
2人は結婚し、長女・ミシェルが生まれました。後の1967年に長男・マークも誕生します。
サーシャはスミス大学で社会福祉学を勉強し、後年、ミルグラムがニューヨーク市立大学に勤務した折には、ミルグラムの秘書としてサポートしました。

【転】- アイヒマンの後継者ミルグラム博士の恐るべき告発のあらすじ3

ミルグラムの師匠はソロモン・アッシュ博士です。アッシュの有名な実験は「同調に関する研究」です。
プリンストン大学で学生を相手に行なった実験ですが、5人がおとり(グル)で1人のみが被験者でした。
実験では左側の|と同じ長さのものを、右側の|3本の中から選ぶというものです。
不正解の答えを順に言っていくと、被験者もみんなと答えを合わせるという傾向がみられました。
集団的な圧力に、人間は屈しやすいということを意味します。
しかしミルグラムは「もっと人間的な実験をやりたい」と思っていました。そこで先の服従実験をおこなったのです。

当時、テレビ番組で「ドッキリテレビ」というのが流行しました。
エレベーターに乗り込んだ男性が、どういう反応を示すのかというものを、隠したカメラで撮影するというものです。
1人だけがひっかかる人で、あとの3人はサクラです。乗り込んだ他の者がエレベーターの奥を向くと、エレベーターの入り口を向いていた男性は気まずくなり、やがて他の者と同じ向きをむくというものでした。
テレビではそれを面白おかしく放送していますが、それを見たミルグラムは新たな実験をおこないます。

「放置手紙実験」と呼ばれるこの実験は、封をして切手も貼りあとは投函すればよい手紙を、歩道や公衆電話、車のワイパーなどに挟むというものです。
中身は全部、見られても無難な内容にしました。
宛名だけ「共産党の後援会」「ナチ党の後援会」「医学研究協会」「ウォルター・カルナップ氏」と変えました。各100通をばらまきます。
無事に届けられたのは「医学研究協会」が72通、「ウォルター・カルナップ氏」が71通で、共産党とナチ党はいずれも25通でした。
アメリカ人は共産党とナチが嫌い、という結果が出ます。

これを少し変化させた実験を、タケト・ムラタという学生が行ないました。
すると白人居住区では宛名が白人協会のものを多く届け、黒人居住区では黒人協会へのものが届くという結果が出ます。

ミルグラム博士はこのように多種多様の実験を行なったからか、学生たちから慕われもしますが、同時に「これは実験なのではないか」と疑われます。
ケネディ大統領がダラスで狙撃された時には、その事件をミルグラム博士が学生に伝えたのですが、学生はみんな「新たな実験だ」と信用しませんでした。
ラジオを聞いてみろとミルグラムが言いますが、ニュース報道ですら「これもニセのラジオだ」と思うありさまです。

ミルグラム博士の「服従の心理」は、相変わらずマスコミで叩かれていました。
非人道的だ、倫理学の後退だ、道徳的な人間性を冒涜していると、名指しで批判する記事も出てきます。
ミルグラムはそれに対し、実験後のアンケートを見せました。
そこには84%の人間が「実験に参加して嬉しい」と答え、さらに「こういう実験をおこなったほうがいい」という意見を寄せた者が多数いると反論します。
しかし波紋の声が大きすぎたため、ミルグラムは精神科医のエレーラとともに、被験者の心のケアをおこなうことにしました。
出席率は少なく、不満の声も多かったようです。

【結】- アイヒマンの後継者ミルグラム博士の恐るべき告発のあらすじ4

その頃、「服従の心理」の片棒を担ったジェームズ・ウォレスが心臓発作で、49歳の若さで亡くなります。9人の子持ちでした。

さらにミルグラムは新たな実験をおこないます。
カンザス州やオマハの住人から、最終的にマサチューセッツ州シャロンに郵便物を届けるというものです。
ハーバード大学の冊子を入れて「自分の友人、親類や知人に郵送することで」最終的にジェイコブズという宛名のところへ届くように頼みました。
きちんと実験の主旨を添えています。
「オマハの女性」→「アイオワ州の銀行員」→「マサチューセッツ州ベルモントの出版社」→「シャロンの皮なめし業者」→「彼の義兄 シャロンの羊毛業者」→「地元の歯科医」→「印刷業者」→「ジェイコブズ」、7人で繋がりました。
さらに続けたところ、平均値は5.5人でした。
つまり「世界中の人々の間には、障害会わなくても〝6次の隔たり〟しかない」という結論に至ります。

〔1974年9月 ニューヨーク市立大学〕
ミルグラム博士は教授になりました。長女に続き、1967年に息子・マークが生まれていたため、給与アップをありがたく思います。
ニューヨーク市立大学でも、ミルグラムは精力的に実験を続けました。
学生たちを2人1組にして、「1人はバスの車内で歌をはっきりと歌え、鼻歌は駄目。もう1人は記録係」という課題を与えます。

この年、ミルグラムは『服従の心理』という書籍を出しました。先の実験に基づく著書です。
一般の市民も読み、また外国語にも翻訳され、発売されました。「この実験自体がすでに攻撃的だ」と批判を受けながらも、ミルグラムは「悪魔は常に誰の心の中にも存在する」と主張し続けます。
ミルグラムは学生たちを使い、通りで何もない頭上の空間を見上げさせました。
すると通りすがりの人たちも、次々に何もない頭上の空間を見上げます。これも、1つの人間らしい反応です。

さらにミルグラムはポラロイドカメラを使い、実験をしました。
断りを入れて相手の写真を撮り、自分の顔を見てもらうというものです。
なぜか被写体となった相手は「こんなに目と目が近かったっけ」「こんなに老けている?」と自分の顔に否定的でした。

ミルグラムの著書を読み、あるテレビドラマ作家がドラマ化したいと言います。
「大人向けの、フィクションのドラマにする」とドラマ作家・ベラックは言い、ミルグラムを熱心に説得しました。いわく、人間は「事を起こす者、それを見る者、さらにそれを聞く人」の3種類に別れるそうで、事を起こさないと結果は得られないそうです。
ミルグラムは当初から消極的でしたが、ドラマ化の話はどんどん進みました。
フィクションということで敢行され、ミルグラムは不機嫌になります。

1984年。
ジョージ・オーウェルという作家が書いた小説『1984年』の影響もあり、ミルグラムは忙しくしていました。
(注:『1984年』は1948年に書かれ、1949年に出版された小説。近未来を題材にし、全体主義国家によって分割統治された世界の脅威について書かれた作品)
この年、ミルグラムは5回目の心臓発作を起こし、51歳で亡くなりました。

ミルグラムが死んだ後も、ミルグラムが行なった実験はなお語り継がれます。
今では心理学の基礎として、学ぶべき事項にまでなっていました。
それでもまだ、正解が見つかっていない永遠の課題です…。

みんなの感想

ライターの感想

ミルグラムの生涯にわたって克明に描いてくれているので、非常に判りやすかった。
電気ショックの過激な実験、これが予告で取りざたされているが、本編ではそれは「冒頭の触りだけ」。
ミルグラムが多岐にわたり、いろんな実験をおこなっていたのだということが、この映画でよく理解できる。
劇中で何度もミルグラムがマスコミで叩かれるのだが、この映画を見るかぎり「誤解されてるな」と強く思う。
本人がナレーションという形で説明していくスタイルも、好感が持てるし理解度がアップ。
ドキュメンタリー映画としては、まずまずの良作と思う。
過激なものを期待する人にとっては、冒頭で種明かしされるので、つまらないかも。
それでもいろんな実験が次々に出てくるので、面白い。ポラロイドの研究結果とバスの中で歌う研究主旨、知りたい~。

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