映画:モーリタニアン 黒塗りの記録

「モーリタニアン 黒塗りの記録」のネタバレあらすじと結末、みんなの感想(1件)

サスペンス映画

【承】– モーリタニアン 黒塗りの記録のあらすじ2

モーリタニアン 黒塗りの記録のシーン2

画像引用元:YouTube / モーリタニアン 黒塗りの記録トレーラー映像

〔連邦保安センター バージニア州クリスタルシティ〕

連邦保安センターへ行ったナンシーは、スラヒに行なった取り調べの詳細を閲覧したいと要求します。しかしスラヒの調書は機密事項となっていました。ナンシーは開示請求を行ないます。

スラヒは文才がありました。ナンシーに手記を書くよう助言を受けたスラヒは、収容所の個室で連行されて以降のことを思い出しながら、少しずつ書き留めていきます。

〔キューバ グアンタナモ基地 2002年8月5日〕

グアンタナモへ連行されたあとのスラヒは、まったくの容疑者扱いでした。目隠しされて連れてこられたスラヒは、「ひざまずけ、息をするな、俺を見るな」拘束した相手に命令されたスラヒは、服をハサミで切られて手枷足枷をされたまま、抵抗する術もありませんでした。オレンジ色の服に着替えさせられ、髪の毛はバリカンで刈られました。拘束されたまま身体を強制的に洗われ、車椅子で連行されます。全身のボディチェックが終わって個室に通されました。個室はベッドと少しのスペースしかなく、実質上は独房です。

翌日からスラヒへの尋問が開始されました。スラヒは移動の途中で空港の看板を見ており、ここが米軍基地だと理解していました。それを指摘すると尋問官は、バレていると笑いました。否定せず認めます。熱いお茶を出されたスラヒは、それを飲みながら尋問官と話をします。アルカイダで射撃訓練を受けたかという質問には、スラヒはうなずいて認めます。

同じ頃、スチュアート中佐もスラヒの調書を読んでいました。死んだブルースの妻・キャシーに無念を晴らすと言います。

スラヒは収容所に来た当初、隣の囲いにいる男性と話をしていました。相手は名乗らずに「241番と呼んでくれ」と言いますが、スラヒとの会話で互いの故郷の名前で呼ぶことに決まりました。スラヒは「モーリタニアン」という呼称になり、相手のことは「マルセイユ」と呼びます。尋問の際に時折会話ができる「マルセイユ」の存在は、スラヒの慰めとなりました。

…スラヒは書いた手記を封筒に入れて、ナンシーとテリーに送りました。文章は検閲されてからナンシーらのもとへ届きます。ナンシーは囚人番号「241番」に注目しました。241番についての情報開示を主張します。

スチュアート中佐も調書を読みながら、首をひねっていました。報告書に小さな矛盾がいくつもあるのです。話のつじつまがあわない調書に嫌な予感を募らせていたスチュアート中佐は、ナンシーたちがスラヒの弁護のために動いていることを知りました。

親友をテロリストに殺された私怨があるとはいえ、スチュアート中佐は正義感にあふれた弁護士でした。矛盾のある調書に納得がいかないので補足の調査資料を要求しますが、のらりくらりとかわされます。

資料にはスチュアートが訓練生時代に同僚だったニール・バックランドの名前がありました。スチュアートはニールに連絡を取って会うと資料のことについて質問しますが、「国家機密、保護文書だ」と一蹴されました。

スラヒはその後もナンシーたちに手記を送り続けます。スラヒの書く文章は優れており、想像しやすい内容でした。

〔2002年9月〕

スラヒは尋問を受けていました。連日、長時間にわたって質問を受けたスラヒは、たとえば1枚の写真を見せられて「知っているか」と聞かれて「一度会ったかも」と答えます。写真の男はラムジ・ビンアルシブで、9.11で主要な働きをした人物でした。

運動不足解消のために決まった時間に外へ出されるスラヒは、そこにいるイグアナを見るのも楽しみにしていました。「マルセイユ」と柵越しに話をして、彼がオマー・シャリフという男を売ったという冗談を聞いて笑いました(シャリフは有名なアラブ人俳優ですが、西洋人にとっては無名に近いので、からかったという意味です)。

〔モーリタニア 1988年〕

独房で過ごすスラヒは、過去のことを思い出します。優秀だったスラヒには奨学金が下りました。それをスラヒは母と喜びます。スラヒは奨学金でドイツの大学へ進学します。

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